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第6話

やがて、泣き止んだ紡に霧原は買ってきた服を着せた。生地は柔らかく上質で、サイズはぴったりだった――脱いであった作業着を見て確認したのだろう。優しく顔を洗ってくるよう促された紡はおとなしく頷いて霧原の言う通りにし、そのあと部屋を出てホテル内のレストランへ連れられて入った。高そうなステーキハウスだったが、霧原が選んだ服のおかげか紡はあまり気後れせずに済んだ。 「霧原さん――俺、こんな風に連絡したりして……甘えてるってわかってます。ごめんなさい。だけど――弟が……」 紡は運ばれてきたステーキにナイフを入れながら切り出した。 「今いる家でいじめられてるって……俺のとこ来て泣くんです。あいつ、いつも生意気で――あんな風に俺を頼ってきたことなんてなかった……きっと、よっぽど辛いんです……」 「辛いのは君もだろ……」 言われて思わず手が止まる。うつむいて紡は正直に答えた。 「はい、辛いです……働いてお金を貯めて……弟と二人で暮らそうと思ってた。でも今の給料じゃ住むとこ借りて食べて行きながら、弟を上の学校へ通わせるなんてとっても無理だ。霧原さんの言ってた通りだった……」 ため息をついて紡はナイフとフォークをテーブルに置くと、膝に両手を揃え霧原の顔を見た。 「すごく勝手なお願いだってわかってるんですが……以前、うちへ来ないかって言ってくださったでしょ?あの、これから、弟だけ霧原さんのお世話になることってできないでしょうか。俺、できるだけ金入れます。霧原さんとこから近くの学校通わせてもらうだけでいいんです。せめてあいつが高校出るまで……自分のことは全部自分でやるよう言い聞かせますから」 「強がらなくていい」 霧原が答えた。 「弟さんだけじゃなく、君も一緒に僕のとこに来なさい。今の仕事は辞めて」 「え!いえ!だって……弟の生活費……」 「それは僕が面倒を見る。君も……高校へ戻るんだ。戻ってちゃんと、卒業しなさい。そうして大学へ行くんだ」 紡は目を丸くした。大学? 両親が生きていた間だって大学へ行くのは金銭的に難しいだろうと思い、あきらめていた。高校を卒業したら家の工場で働く気でいたのだ。 「教養は大切だ――一生を左右する」 霧原は食事を続けながら言う。 「僕に世話されるのを申し訳なく思うのだったら、安い仕事で身をすり減らすのじゃなく、僕の期待に答えてくれればいい――きちんと勉強をして」 紡は唖然と霧原の顔を見ていた。この人は本気で――学費も何もかも面倒見てくれるというのだろうか?自分の聞き間違いじゃないだろうか?どうしてそこまで―― 「ステーキ、冷めるよ」 そう言われて紡はハッとし、フォークを掴んだ。 「そ、そうでした。せっかくのステーキ……ちゃんと頂かないと」 慌ててステーキにナイフを入れる紡を、霧原は口元に笑みを浮かべ見つめていた。

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