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第7話
弟のことを相談した日――霧原はその足ですぐ紡の勤め先の工場の経営者宅を訪れ、話をつけて仕事を辞めさせた。経営者は意外にも、突然の事態に怒ることもなくにこやかに紡を送り出してくれた。
今住んでいる親類の家へと向かう車の中で、紡はやや唖然としながら霧原に尋ねた。
「あの、霧原さん?社長になんて言ったんですか……?」
二人が話す間、紡は部屋の外で待たされていた。
「普通に、君は学校に戻るべきだから自分が引き取ると言ったんだ」
「でも、社長、いつも……人手足りなくて納期が間に合わないって――」
やかましくそう言われ、紡は毎日目一杯働かされていたのだ。
「――なのにこんな簡単に、俺がやめるの許してくれるなんて……」
「心配ないよ。社長も学業の大切さは理解してくれた。頑張って欲しいと言っていたよ」
霧原は紡に、こともなげに言う。
「そうなんですか……」
あの社長がそんな風に……紡は意外に思ったが、きっと霧原がよほど上手く説得したのだ、と素直に理解し、納得した。
――霧原には予想済みのことだった――紡の雇い主は旧式の工場機器を新しい物にしたがっていたので、霧原は紡を辞めさせる代わり、自分の会社が設備投資の費用を低金利の無担保、無保証で貸すと申し出たのだ――あそこはカツカツそうではあるが、当面、倒産しそうな様子はないから出す分は回収できるだろう。そして思う。その上――紡が手に入るのだ。損はしない。
紡の知らないところで――霧原は薄暗い微笑を浮かべていた。
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