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第9話
引っ越しの日――兄弟はそれぞれ、霧原が運転してきた大きなバンに自分たちの荷物を乗せた。身の回りの品と学用品だけで二人とも殆ど持ち物はなく作業はすぐ終わってしまった。
「え、これだけかい?」
運び込んだダンボールと鞄を見た霧原が意外そうな顔で言った。
「そうです」
紡は霧原に答えた。
「こんな大きい車用意してもらっちゃったのに……申し訳なかったですね」
「いや、いいよ。しかし本当に……贅沢してなかったようだね、可哀相に。必要な物があったら言って。僕が用意するから」
「ほんと!?」
守が嬉しげな声を上げる。
「ゲームとかも!?」
「バカ、必要な物、だよ!ゲームは必要じゃないだろ!」
紡は慌ててたしなめた。霧原は笑って
「そうだなあ……じゃあゲームはご褒美にしようか。これから通う中学で、新しい友だちと仲良くできたら買ってあげるよ」
「うん!するする!」
「甘やかしたら駄目ですよ、霧原さん……こいつ調子のるから」
そう言った紡の顔を霧原は見つめた。
「君たちは今までずっと我慢ばかりしてきただろ?これからは少しぐらい僕に甘えたって何も悪くない……」
紡も霧原を見つめ返した。そうして、ありがとうございますと絞り出すように言って頭を下げた。
広いバンの後部シートに兄弟は並んで腰掛けた。運転席に乗り込みながら霧原が尋ねる。
「どこか寄りたいところはあるかい?会っておきたい友人とかは?」
「ないです!もう二度と会いたくないやつらならいるけど」
守が大きな声で答えた。霧原は微笑んだ。
「そうか……もうその連中に会うことはないからね。安心していい。じゃあ、まっすぐうちへ行こう」
守が隣の紡に小さく囁いた。
「兄ちゃん……霧原さんてすげえいい人だね。俺、霧原さんとこ行けるようになって嬉しいや……」
「うん」
紡も心底守に同意し、頷いた。
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