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第10話

「ナルホド。そうやってまんまとその可哀相な少年の信頼を得て、手元に引き取った、と」 霧原の経営する融資会社のオフィス――有名な建築家が設計した、先鋭的なビルの上階にある――そこの応接ソファに足を組んで腰掛けている男が言った。肩に少し届く長さに切り揃えられた髪は艶良く整えられ、身につけたラインの美しいスーツが引き締まった肢体を引き立たせている。水商売めいた華やかさのある男だ。 「ああ」 霧原は書類にサインしながら頷いた。 「策略家だなあ……ま、霧原さんにかかったら若い子手玉に取るのなんて容易いもんなんだろうね、悪いヒトだよ……。で?そんな可愛いわけ?その子」 「そうだね……まだ引き取ったばかりで何も手を入れていないが、なかなか良い素材だと思っているよ」 「写真とかある?」 霧原がスーツの内ポケットから出したスマホを、男はソファから立って受け取った。画面には胸にエンブレムが入った制服を着込んだ少年がかしこまって写っている。場所は校門の前だ。 「ほー、なるほど、可愛いね、線が細くて素直そうで。ふうん、霧原さんてこういうタイプが好きだったのか……これ、入学式?」 「いや。先週、その高校に編入させた。それは登校初日の記念に撮ったものだ」 紡とその弟の守を霧原は自分の邸宅へ越してこさせ、現在は近隣にある質の良い私立校へそれぞれ通わせている。紡は霧原の言いつけた通りに編入試験の準備を真面目にこなし、以前通っていたところよりレベルが高かったその高校に無事合格した――まずは順調だ。怠け者や愚鈍な者を自分は好まない。 「ここ確か、けっこう良い学校だったよね、頭いいんだな。うーん羨ましい……こういう、まだなんにも知らない純真な子を自分好みに調教するってのは楽しそうだ」 「調教ではないよ。教育だ」 「なんか違いある?どうせゆくゆくはあっちの方も仕込む気なくせに。ええと……そういうの、古典でなかった?」 「若紫かい?源氏物語の」 「そうそうそれ」 男がソファに戻りながら言う。 「ああいうの憧れちゃうなあ……僕にも参加させてくんない?」 「状況次第だな」 「しかし上手くやったね。こんな初心そうで可愛いのを飼っておけるなんてさ……」 「ああ……運が良かった」 霧原は書類を纏めながら呟いた。 霧原は融資会社を経営している。紡の両親が霧原のところに融資を頼みに来た時、彼らの工場が立ち直れる可能性は既になかった。だが霧原は、地域の有力者の伝手を通じその工場を含む区域が再開発されるという情報を密かに得ていたので、土地が担保に取れると踏み、金を都合してやった。だがそれから間もなくして経営者夫婦が事故死したとの連絡が来た。霧原はとりあえず状況を見に寄った先で、紡達兄弟に目をとめたのだった。 親を亡くしたばかりの兄弟は霧原の前で弱々しい小動物のように身を寄せ合い、ひどく哀れな様子だった――話を聞くうち、亡くなった両親に度々借金を頼まれ迷惑がっていた親類たちが、兄弟を冷酷に扱っている事がわかった。そこで霧原は親類たちの代わりに兄を助け、後始末の手続きをしてやった。赤の他人にそうして手を出されても親類達は迷惑がる風もなく、むしろ厄介事を押し付けることができてホッとしていたようで、結局全部片付くまで霧原が面倒を見た。 ――兄の紡は最初は放心状態だったが、やがて、起きたことに向き合う覚悟ができたのか、拙いながら状況に対処しはじめた。その紡の、自分もかなり弱っている様子なのにそれでも必死に弟を庇う健気さと、霧原を頼り、信頼して助言を受け入れる素直さが、霧原の食指を動かした。 紡は頼りなげな外見に似合わず、弟のためであれば自分の許容範囲以上の事でもためらいなく引き受けようとする――あれだと相当無理な要求でも受け入れるだろう―― しかし霧原は控えめに徹した。強引にいけば警戒されて逃げられる――そうして周到に紡の信頼を得るよう振る舞った結果、兄弟はやはり――霧原の手の内に飛び込んできた。

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