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第11話
「剛 ちゃん聞いてよ。面白い話あるんだ」
事務所に戻った瀬島が上着をハンガーにかけていると、いとこの之彦 が現れてそう言った――長身に映える派手なスーツ、さらさらとした髪をなびかせ……その容姿は相変わらず人目を引く。
「お前の言う面白い話って、今までロクなのねえからなあ~」
瀬島 は自分のデスクから煙草を取り上げて火を点け、呟いた。
「そんなことないでしょ、失礼だなあ。結構良い思いだってさせてあげてるのに。……あのさ、ウチの店の上客の霧原さんて知ってる?」
之彦は男性相手のホストクラブのような店を経営している。
「知ってるよ。金貸しだろ?同業だから名前はちょいちょい聞く」
瀬島は答えた。霧原は瀬島とほぼ同世代、やり手で最近着々と業績を伸ばしているとの噂だった。
「その人最近、男子高校生飼い始めたんだってよ?羨ましくない?」
「はあ~?またそのテかよ。家出坊主にゃ構うなって言ったろ?下手うつと捕まるぞ?」
「構ってるのは僕じゃないから平気だよーん。その高校生さ、写真見たけど結構可愛い子なの。線が細くて儚げで……剛ちゃんが好きそうな感じだったよ?」
「……俺ぁソッチ方面からは足洗ったの」
瀬島は煙を吐き出した。之彦はそれを手で払う仕草をして顔を顰めた。
「剛ちゃんもさあ……儲かってないわけじゃないんだからいい加減このボロビル引き払ってもっといい場所に事務所構えなよ……壁も天井もヤニだらけじゃん。霧原さんとこのオフィスなんてベイエリアにあるピッカピカのデザイナーズビルに入っててさ、すっげえオシャレなの。剛ちゃんもそういうとこに移れば、客層も変わるよぉ?」
「余計なお世話だい!それにそういう気取ったとこはどうせ禁煙なんだろ?いやだねそんなの」
「時代遅れだよなあ……僕だって禁煙してるのに。まあ剛ちゃんにはこういううらぶれた感じが似合っちゃいるけど……それはともかく、足洗ったってなによ?」
瀬島はデスクチェアにどっかりと座った。
「もうさあ、めんどくさいんだよ。お前の好きな、調教だとか奉仕させるだとかそういう類は。やりたくなったらパっとやってさっと済ませる方が楽でいーの。くどいのは飽きた」
「なんだよそれぇ。立ち食い蕎麦屋じゃあるまいし……もー、つまんないなあ、昔みたいに三人でやりたいのに……前にさ、若いの連れ込んで僕らに完全服従するようになるまで犯しまくったことあったじゃん。あの子剛ちゃんにヒィヒィ言わされちゃって、可愛かったなァ……。ああいうのまたやろうよ……」
「霧原がいたら三人じゃなく四人じゃねーか」
「霧原さんがその子仕込み終わったら借してもらおうと思って」
「……物みてえに言うなよ。そのガキが気の毒だ」
瀬島が言うと之彦はびっくりしたように目を見開いた。
「気の毒って!?剛ちゃんの台詞とは思えないな!」
「なんだそりゃ。俺が優しいこと言ったらおかしいか?」
「おかしいよ!いじめて泣かすの大好きなはずでしょ!?」
「だからそりゃお前の趣味だろ。俺は付き合ってただけ」
之彦は呆れた表情になり大げさにため息をついた。
「なにを今更いい人ぶってんだよォ……僕と同類のくせに。でもさ、もしその子借りられたら連絡するから、興味湧いたら参加しなよ?」
そう言いながら彼は事務所を出て行った。
「興味なんか湧かねえっての……」
瀬島はぶつくさ言いながら立ち上がり、窓際へ行って外を眺めた。
そこから見えるのは――華やかな発展からは見事に取り残された、冴えない、灰色のビル街だ。その隙間にごちゃごちゃとあるのは古く小さな家や貧相なアパート、安っぽくて騒がしい一杯飲み屋やずっと同じメニューしか出さない大衆食堂――しかし瀬島はこの町が気に入っている。
俺ぁ生活感を感じさせないカッコつけた場所ってのは苦手なんだ。嘘くさいし居心地が悪くてよ……。
深くタバコを吸い込むと、瀬島は窓ガラスに向かってはあっと大きく煙を吐いた。
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