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第13話

霧原の家に来て以来、紡は安心して毎日を送っていた。なにしろ守が、新しい中学で友達と楽しそうに過ごしているのが本当に嬉しかったのだ――以前紡に、いじめられていると訴えに来た時のような辛そうな泣き顔はもう絶対に見たくない。あの時の守の様子を思い出すと今でも胸が締め付けられてしまう――弟の幸せを守るためだったらなんでもしてやりたいと紡は考えていた。たった一人の家族なのだ。 もう心配することはないんだ……そう思っていた紡だったが、霧原に引き取られてから暫くして――紡は霧原が、自分に対し、かなり高い要求をしているらしいことに気がついた。 他愛のないテレビ番組を見るよりは名作と言われる本を読むことを――流行の音楽を聞くよりは古典的なオペラやクラシックを学ぶことを――霧原は紡に求めている。当然、学校の成績が振るわないことも好まない。面と向かってそうしろと言われた訳ではなかったのだが、紡は普段の霧原との会話やリアクションから敏感に彼の方針を読み取っていた――そして自分は、彼の世話になる以上、その望みになんとしても応えなければいけないのだ―― 紡が自らそう悟ったことに霧原は満足している風だった。守には何も言わず、本当にのびのびと中学生らしい暮らしをさせ、わがままを聞いて甘やかしてやっている。そうする事で暗に――紡が霧原の期待にきちんと応えることを求めている。 紡は気を引き締めた――霧原に従うこと――それがここでの暮らしを続けるため、守の幸せを守るための、自分に与えられた条件なのだ。 大きな恩を受けている霧原さんを失望させてはならない。必ず彼の希望に沿うよう振る舞ってみせる。しかし紡のその素直な決心は、霧原の要求が過酷なものになるにつれ――紡自身を(さいな)むこととなっていく――

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