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第14話
霧原はあるとき、紡に自宅の書庫のスペアキーを渡した。自由に読んでかまわない、と彼は言ったが、それは、そこにある本を読んでおきなさい、という意味なのだと紡にはわかっていた。
礼を言って鍵をもらい、紡は書庫の中へ入ってみた。大きな書棚には文学全集がずらりと収められている。紡は気を引き締め、そこから二、三の本を選び出し、分厚いそれらを抱えて自室へ戻った。
霧原の邸宅にはオーディオルームもある。夕食後、霧原はよくそこでブランデーグラスを傾けながらレコードをかける。紡も、試験がない限り同席した――実際にはさせられた、のだが。
霧原は口ではけして要求しない。紡が自らそうするのを望んでいる。レコードを聞きたいかい?と霧原が尋ねるのは、聞きなさい、と同義だ。書庫の鍵をくれたときと同じく。
最初は守も珍しがって付いてきたが、子供らしく霧原の聞くクラシックにはすぐに退屈し、飽きて付き合わなくなった。無邪気に、俺はゲームするもーん、などと言って逃げていく。霧原は笑ってそれを見送る。が、紡にそういう振る舞いは許されない――紡は音楽を聞きながら必死に霧原の意図を汲もうと努力を続けた。彼の趣味を把握し、彼の望む会話の相手ができるようにならねばならない。
霧原の好む曲や書物は確かに質が高く、紡の教養を深めるには役立った。が、勢い、そちらに付いていくだけに時間を取られ、学校の友人達が話題にするようなテレビ番組や連載漫画を追ったり、流行りの音楽を聞くなどするのは不可能になった。自然にクラスの友人たちとはあまり話が合わなくなって会話も減ってしまったが、成績を保つため勉強時間も必要だった紡は、これでいいんだ、と寂しく考えた。
紡は時間を最大限利用しようと、学校の休み時間も教科書や文学全集を必死に読んだ。他の生徒たちのように、ふざけあったり他愛ない悩みを打ち明けあったりするような親しい友人は作れない――しかし霧原が求めるので、紡と同じく成績が上位にとどまっている学生たちとは交流した。そういう子を家につれてきて一緒に勉強したり、相手の家を訪ねたりすると霧原は喜び――紡はああいう、知能も経済力も同等なレベルの相手と付き合うべきなのだ、と満足気に言った。
内心、霧原のそのような価値観に紡は恐れを抱くようになっていたのだが――もちろん何も言えなかった――
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