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第15話

紡が――恐ろしい自分の運命を知ったのは、そんな状態が続いてしばらく経ったある日のことだった。 帰宅して宿題を片付けようとカバンを開けた紡は、中に数冊覚えのない雑誌が入れられているのに気がついた。 誰がやったかすぐに察しが付いた。今のクラスに編入した時、紡の横の席にヨシヒロという少年が座っていたのだが、陽気な性格の彼に紡は色々と話しかけられ、すぐに仲が良くなった――きっと彼が、紡の知らないうちにカバンに本を忍ばせたのだ。 ヨシヒロは漫画が好きでよく知っていた。これ面白いぜ、などと言って紡にコミックスを渡し、二人で先生に隠れて授業中こっそり読んだりしたこともある―― 楽しかったな、と紡は転入当初の日々を思い出した。 霧原の要求が厳しくなるにつれ、そんな風に友達とふざけあう余裕もなくなって、悪いと思いつつ紡はヨシヒロが誘ってくれても、漫画を読むのも家に遊びに行くのも断っていた――ヨシヒロには少し事情を――自分を引き取ってくれた人をがっかりさせちゃいけないからと――話してあったから、彼は了解してくれて、じゃあ成績落ちないようにしなきゃな、邪魔はしない、頑張れよ、と寂しげに言ってくれたのだった。 雑誌を引っ張り出すと、案の定、ヨシヒロのメッセージが書かれたノートの切れ端が挟まっていた。そこには、紡にもたまには息抜きが必要だよ、最近一番おもしろかった漫画差し入れてやる、ついでに、すげーおまけもつけといた、とあった。 ヨシヒロの思いやりが嬉しくて紡は微笑を浮かべたが、コミック誌の間に挟まれていた別の雑誌に気がついて声を上げて笑ってしまった。それはいわゆる成人向け雑誌だったのだ。色っぽいグラマーな女性が大股開きで身体をくねらせている絵が表紙に描かれている。 「すげーおまけって、これかよ……」 紡はくすくす笑いながらその雑誌を開けてみた。可愛い女の子がしなを作り、スカートをめくって下着を見せたり、裸の胸を突き出したりして挑発している写真が載っている。 「あいつ、こんなん読むんだ……」 思わず気を取られてページに見入っていると、ドアがノックされた。紡は慌ててカバンに雑誌を押し込み、はい、と返事した。 ドアを開けて霧原が入ってきた。霧原は無言で、机に向かって腰掛けている紡の所にまっすぐ来ると、膝に抱えていたカバンに手を突っ込んでヨシヒロの雑誌をさっと抜き出した。 紡は動けず、声も出なかった。どうして……雑誌のことが霧原にわかったんだろう? 「これは――まさか自分で買ったんじゃないだろうね?」 霧原は雑誌を片手に持ち、静かな声で紡に尋ねた。紡は、かぶりを振るのが精一杯だった。霧原がノートに気づく。 「ふむ、差し入れか。おせっかいな子がいるようだな――」 霧原はノートに目を走らせた。 「ヨシヒロというのは?クラスの子か?学校にこんな物を持ち込むとは問題児だ。担任に連絡しておかないと」 紡ははっと目を見開いて椅子から立ち上がり、霧原に(すが)るようにして頼んだ。 「すっ、すみません、ごめんなさい!それ、俺が――貸してくれってヨシヒロに頼んだんです!だから……だから学校には――」 紡は必死で頭を下げた。ヨシヒロを巻き込みたくなかった。絶対に。 「君が――読みたいと言って頼んだのかい?」 霧原は成人雑誌を開き、紡の顔前に突きつけた。 「こんな低俗なものを?」 紡は真っ赤になって頷いた。 「そうか……」 なぜか霧原が微笑を浮かべる。 「紡もこういうものに興味を持つようになっていたか……ずっと幼い風だったが」 「すみ……すみませんでした!もう見ません!それも明日……返します!だから……先生には言わないでください、お願いします!」 紡は再び頭を下げて霧原に懇願した。 「そうだねえ……どうしようか」 霧原の声に……なにか恐ろしい響きがこもっているような感じがして、紡は身を縮めた。 「君が……おとなしく罰を受けるというなら……今回は学校には報告しないでおいてあげるがね……」 「は、はい……」 罰って……?紡は怯えながら、霧原を見て頷いた。

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