32 / 59

第29話

「高校生?」 瀬島は聞き返した。 まだあどけなさを残す顔立ちをした少年がドアを開けたので、てっきり上階にある中古ゲームを取り扱う店へ来た客だと思ったのだ。このビルはエレベーターがないから、そうやって若いのがちょいちょい間違えて瀬島の金融事務所に飛び込んでくる。ここはゲーム屋じゃない、と分かりやすく、目立つ看板をドアに付けたほうがいいのかも、と考えていたところだった。 「いやあ、学生ローンっても、学生なら誰でも金借りられるってことじゃなくってさ……高校生じゃあ、駄目よ?」 少年は随分がっかりしたらしく、しょんぼりして肩を落とした。 「そう……なんですか……」 その様子があまりにも可哀想に見えたため、瀬島は思わず椅子から立ち上がって彼に手招きした。 「ちょっとさ……ちょっと、こっちおいで。入ってドア閉めな」 少年は言われた通り素直に中へ入ってきた。瀬島は彼を来客用に用意してある応接コーナーのソファへ案内して掛けさせた。自分は向かいに座る。 「話聴くだけ聴くから。んで、もしほんとに困ってるなら、おじさんがポケットマネーから貸してやらんでもないよ?いくら必要なの?」 「三百万円ほど……」 「ンえ!?」 驚いて瀬島は口の端に咥えていたタバコを落とした。慌てて拾って灰皿に投げ込む。 「何に使うのよ!?あんたみたいな子供が三百万て!」 瀬島はてっきり、彼がいじめかなんかにあっていて、いじめっこに小銭をせびられてでもいるのだろうと思ったのだ――いかにもそんな感じのおとなしげで弱々しい様子をしていたからだ。こういうタイプは相手の嗜虐(しぎゃく)心を煽ってしまうもんだからな、話を聞いて、自分が出ていけば済むような事だったら付き合ってやろう、などとお人好しなことを考えていたのだが―― 少年が答える。 「弟の……学費です……高校の」 「はぁ学費ねえ……そりゃ偉い兄さんだな。その額だと、私立へ行かせたいのか。だけどさ、そういうのは親御さんが心配することでしょう……」 「親は……いないので」 寂しげに微笑を浮かべた少年に瀬島はさらに同情心をひかれた。 「そうだったんか……気の毒に。うーんでも、そうなると私立はちと贅沢だぜ?公立じゃ駄目なんか?」 瀬島に問われ少年は事情を話し始めた――きっと、誰かに聞いてもらいたかったのだろう。 彼が言うには――今世話になっている家から兄弟して出て、二人で生活していきたいのだそうだ。そしてできれば、弟には今の学校をそのまま続けさせてやりたい。学費さえ用意できれば、自分が必死に働いて返すつもりだから―― 「ふーんそういうことか。でもな、たとえ借りられたとしてもだな、街金で気安く金借りるのは危ないぞ?」 自分でそういう商売をしていながら瀬島はそんな事を言った。 「下手すると利子ばっか払わされて全然借金減らない、なんつー事になるんだから……それにしても、なんで今の家をそんなに出たいんだ?二人共私立へ入れてんなら相当な金持ちだろうに……まさか、虐待されてるんじゃないだろうな?」 少年がはっとした表情になり、瀬島の顔を目を見開いて見つめた。

ともだちにシェアしよう!