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第36話
「なんかにやにやして……気持ち悪いなあ」
之彦の経営するゲイ向けのホストクラブ――その事務室で、金の計算を待っている瀬島に之彦がデスクから呟いた。
之彦が雇っているホストは当座の金に困ると瀬島の街金から金を借りる。今日は彼らの給料日なので、そこから直に、貸した分を差っ引くため瀬島は之彦の店を訪れていた。
そういうホスト連中は金にだらしなく、大概複数箇所から借金があるから通常の処理だと瀬島のところまで返済が回らず金額不足になるパターンが多い。そのため取りっぱぐれないよう、いの一番で押さえに来るのだった。之彦はこんな雑用事務所の下っ端にやらせろと言うが、下っ端をこの店に送ると逆に之彦のカモにされることがわかっているので、瀬島が自分で出向くことにしていた。
「にやにやしてるって?俺が?」
「うん。なんかいいことあった?」
「いいことねえ……」
瀬島は座っているソファの背もたれに寄りかかり、天井を向いて呟いた。
「ま、そうかもな。――うちの事務所に金借りに来た高校生の話したろ?」
「ああ、うん。虐待されてるかもしれないって子?」
「そう。いやあいつがさ、こないだまたウチの事務所来た時、丁度大川がいて例のごとく紋紋 ひけらかして騒いでたんだよ。それ聞いて、俺が襲われてると勘違いして助けに飛び込んできちゃってさあ……」
「助けに?剛ちゃんを?」
「そ。勇ましいだろ?細っこい、まだほんのガキなんだぜ?それが大川やっつけるつもりだったって考えると……可愛くてよ……」
瀬島は腕を組んで俯き、クツクツ笑った。
「あら健気だこと。剛ちゃんそういうの好きだよねえ~。それでどうしたの?感激して押し倒して犯しちゃった?」
「馬鹿言うな!するか!まあメシはおごったけどな。喜んでた」
「その程度でそのニヤけっぷりって……嫌だなあ、すっかりおっさん臭くなっちゃって」
「おっさんだもん、いいだろ別に。……しかしさあ、心配なんだよ。俺みたいなのに会いたがって訪ねて来るって……やっぱ預けられた先で大分いじめられてるんじゃねえのかなあ……床磨きとかさせられてこき使われてるんじゃないかと……」
「床磨きって……シンデレラじゃあるまいし……。でもマジに虐待ならどっか通報したほうがいいんじゃないの?」
「うん……でもな、本人が必要ないって言うし……聞けばいい高校通わせてもらってて、どっちかっつうと恵まれた生活してんだよ。だから、外側から見てわかんねえ形でなんかされてんだと思うんだよな……世話んなってる家の人が厳しいとは言ってたが」
「外側から見てわかんない……ねえ」
「俺にゃどうも……想像つかなくてなあ……素直でい~い子なんだよ。あれに厳しくする必要なんかあると思えねーし……」
「うーんじゃあ、ほんとにただ、しつけが厳しい家だってだけなんじゃないの?ゲームやネットが禁止とか、門限早いとか。だから本人も自分のワガママってわかってて、剛ちゃんに訴えられないんじゃない?」
「そうなんかなあ……その程度ならいいんだけど……」
「ま、来たらかまってあげなよ」
「そうするわ。また来てもいいですかって言ってたから、きっとまた来るはずだし。そしたら遊んでやるわ」
之彦は手元の封筒を揃えながら頷いている。
「そうだね、その子には良い気晴らしになるんじゃない?はい、用意できた、今月分。けど遊んでやるって……変な遊び教えちゃ駄目だよ?」
「なんだよ変な遊びって!お前じゃあるまいし!」
瀬島は言い返し、金を受け取るとまた考え込んだ。
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