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第37話

紡は自室で机に向かい、頬杖をついて教科書を読むフリをしながら、瀬島に会った時のことを思い返した。 瀬島がおごってやると言って連れて行ってくれたのは、ありきたりの町の中華料理屋だった。気取らない瀬島と、親しくおしゃべりしながら食べたそこでの食事は心から美味しく感じ、カウンターで紡が素直にそれを口にすると、瀬島だけでなく店の主人までが喜んで、五目焼きそばをおまけだと言って出してくれた。 一皿の焼きそばを瀬島と紡は二人で一緒に直箸でつっついた――霧原なら絶対にそんなことさせてくれない――残り少なくなった焼きそばを、仲の良い友人同士のようにふざけて瀬島と箸で奪い合った。瀬島がさらった最後の海老を紡が素早く取り返し、急いで口に入れると、瀬島は笑いながら悔しがって紡の頭を隣から小突いた。 あんなに愉快で楽しかった食事――いつ以来だろう。両親を亡くしてからは一度もなかった。 霧原は紡を度々外食に連れ出してはくれる。どこも紡には驚くような高級な店ばかりだ。そういう店では紡は緊張し、料理の味を楽しむ余裕もない。霧原が、紡がきちんとマナー通りに行動し、自分の課すレベルを満たすかどうか――間近で常に目を光らせているからだ。 中華料理店に連れて行かれたこともあった。そこの料理は初めて見聞きする高級食材がふんだんに使われていてとてつもなく豪華だったが、瀬島と食べた中華料理の半分も美味しく感じなかった―― でも、紡がこんな風に思っていることは……絶対に霧原に悟られてはならない。 気をつけなければいけない。部屋でこうしている今も、霧原は紡を見張っている。 念のため紡は瀬島の名刺を学校のロッカーの奥に大事に隠しておいた。あのおじさんに関するものはどんなに小さくても絶対に霧原の家には持ち込めない。そう感じたからだった。

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