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第46話

部屋から出る時、コートを拾い上げて羽織ろうとした瀬島は、生地がしわくちゃになって見苦しい状態なのに気付いて着るのを止めた。之彦が紡を犯しているのを見物させられていた時、自分でも気づかないうちに相当な力で手の中のコートを握りしめていたらしい――我ながらよく押しとどまったもんだよ、と内心呟いた。 瀬島は本当は長居する気はなかったから自分の車で来ていた。之彦が一緒に帰ると言うので助手席に乗せ、瀬島はホテルの駐車場から車を出した。 霧原と紡は部屋に残っている――紡が、もう乱暴なことをされずに済めばいいのだが。ひどく気になったが、出ていく二人に……霧原に命じられて裸のまま見送りに立たされた紡が、頭を下げる一瞬に――小さく口を動かし、声を出さず瀬島に向かってありがとう、と言ったのがわかったので――ひとまずこうするのが良かったのだと了解し、瀬島は部屋を後にした。 「……剛ちゃん絶対断ると思ったのに。意外だったなあ」 之彦がポツリと言った。 「――断るって?何を?」 「何って、紡ちゃんにやらせんのをさ」 「なんで?」 「なんでって……僕があの子()ってた時……剛ちゃんものすごい怖い顔してたから。やっぱもう、こうやって若い子いじめんのは苦手になっちゃったのかなーと思ったんだけど……そうじゃなかったんだね。あんなにぐったりしてるのを乱暴に扱ったりしてさ……びっくりしたよ」 「お前にそう見えたんだったら、成功だな……」 瀬島はタバコを咥え、シガーライターを引き抜いて火を点けた。之彦が不審げに瀬島に尋ねる。 「成功って?どういうこと?」 煙を吐いて瀬島は言った。 「あいつなんだよ……俺んとこの事務所に来る高校生」 「え!?」 之彦が息を呑んだ。 「あの……剛ちゃんが気に入って、可愛がってるっていう!?」 助手席で頭を抱える。 「ちょっとォ……なんですぐ言ってくれないのよ!?僕、知らずにあの子ひどい目にあわせちゃったじゃん!」 「お前は最初っから霧原の囲ってる坊主を犯りたがってたろ……」 「そうだけど!いくら僕でも剛ちゃんの本気の想い人を目の前で犯すほど悪趣味じゃないよ!」 「本気の想い人ぉ!?俺がいつそんな事を……」 「言わなくってもわかるよ。あの子の話する時の自分の顔鏡で見りゃいいよ、一目瞭然だから。それにしても……剛ちゃんの話聞いた時にピンと来てりゃ……ああ下手こいたな、後味悪すぎ!……ちょっと、僕にも一本ちょうだい。吸いたくなっちまった」 「そうは言っても……良かったんだろ?」 瀬島は之彦にタバコの箱を渡しながら嫌味ったらしく言った。 「もおー、いじめんのやめてよ!」 之彦が憤慨する。 「確かにさ、ちょっとおかしかったんだよな……霧原さんによると、根っからマゾっ気のある子だから苛めてやらないと感じなくてダメなんだ、って話だったの。そういう性癖の子なら剛ちゃんも遠慮しないで犯れるだろうし、昔の趣味を思い出してくれるかな?って期待があって……霧原さんも、だったら剛ちゃんも是非に、って熱心に言うからムリに誘ったんだけど……」 顔を顰めて之彦は煙を吐いた。 「実際抱いてみたらなんというか……確かにすごい良い反応するんだけど、あの子が本気で悦んでるって気がどうも……しなくって。あれ単に、霧原さんが仕込んだ通りに応えてるってだけじゃねーかな?プログラムに沿って動くロボットみたいに……」 「……まずいなそれは」 瀬島は苦々しく呟いた。きっと紡は自分の心を殺してどうにか耐えてるんだろう。そんな状態を放っておいたら……いつか壊れる。 「うん、やばいだろうね、このままじゃ。だけど、剛ちゃんみたいな頼りになりそうなタイプを知ってるのに逃げこんでこないっていうのは……よっぽどの事情があるんじゃないかな?」 「俺もそう思う」 瀬島は答えた。 「弟の学費を用意したいと話してたから……まあ弟がネックではあるんだろう……でも、どうやって脅しつけてんのかな?」 「映像じゃない?」 之彦が言う。 「お前が男とやってる映像を弟に見せるぞ、とか脅せば簡単に言うこと聞くでしょ」 「ああそうか……」 ハンドルを握って瀬島は唸った。それじゃあ逃げられないし、人に言うこともできない訳だ……。 「その可能性は高いわ……なんでお前、そんな簡単にわかんだよ?」 「そりゃ僕が霧原さんの立場だったらそうするからね」 「なんだってえ!?お前らほんとヤな野郎だな……」 なんとかしてやらなけりゃ。瀬島は思ったが、どうしたらいいかはまだわからなかった。

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