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第49話

来栖が教えに来る日になった。いつもなら気持ちが弾むのに――紡はしょんぼりと机の前に座り、考えていた。 霧原がなぜあんな命令をしたのかはわかっている。彼は紡が、来栖が訪れるのを楽しみと心の支えにするようになっていることに気が付いて、来栖に紡がいやらしい子だということを見せつけ、軽蔑させようとしてるのだ……瀬島の時と同じだ。 こうやって霧原は、紡に気の休まる人間関係を与えてから、それを残酷に取り上げるのを楽しむ気なのだ……そうして紡に、霧原に縋って生きるしかないと思い知らせようとしている…… 瀬島さん。 紡は心の中で彼に呼びかけた。 俺はまた……俺に親切にしてくれる人に……いやらしいことをしなきゃならない。来栖先生にはきっと嫌われてしまう……。だけど、瀬島さん……あなたが許してくれさえしたら、俺は耐えるから…… 「紡くん、こんにちはー」 来栖がやってきて部屋のドアを叩いた。いつも通りの優しい笑顔だ。ドアを開けた紡は彼の顔を見上げ、しばし見つめた。先生がこんな風に紡に笑いかけてくれるのはこれが最後だろう。 紡は彼に、今日はオーディオルームで勉強してもいいですか、と尋ねた。 「オーディオルームがあるの!?」 来栖は目を丸くして驚いている。 「いやあすごいねえ、君んち。書庫もあるし」 「俺のうち……とは違うんですけど。霧原さんのうちだから」 「でも自由に使えるんだろう?羨ましいや……僕音楽好きだからさあ……」 来栖は人の良さそうな笑みを浮かべている。紡はその来栖に、だましてごめんなさい、と心の中で謝った。 「勉強終わったら……先生に……聞いてもらいたい、ことあって……」 「うんうん。じゃあ終わったら聴こう」 来栖はレコードのことと信じ込んでいるようで、それが紡の抱く罪悪感を大きくさせた……

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