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Ⅱ 運命の引力④

グラリ 視界が揺らぐ。 立っていられない。なにが起こった? (さっきの……) 毒ガスが今頃になって。 否、体に影響が出るほど吸い込んでいない筈だ。 足がふらつく。 立ってない。 (こんな所でッ) 敵の男を目の前にして。 「陛下、いかがなさいましたか」 ビクンッ 震える。 俺の異変はヴァールハイトにまで伝わっている。 「なんでもない」 ヴァールハイトの腕をかいくぐる。そばにいてはダメだ。距離を取らなければ。 少しでも。 これ以上悟らせてはいけない。 (気づくな) 守らなければならないんだ。 お前には。お前にだけは。 知られてはいけない。 αは奪っていくんだ。 俺の運命のαはひとりだけ。 お前が運命だとは認めない。 「近寄るな!」 クラウス殿下…… あなたを奪わせない。 αはいつも、俺から奪う。 運命のαが俺からあなたを奪う。 だったら。 「控えよ、中将」 笑った。 口許、高慢で不遜な笑みを。 俺が憎み続けた、あの男のように。 この世界を憎む悪虐の微笑みを口角に刻む。 「貴様が容易く触れていい体ではない」 大仰に腹をさすってみせた。 「我が子宮には命が宿っている。先帝オールト様の子だ」 そうだ。 俺の腹には…… あたらしい、いのち 「あなたはッ!」 体が熱い。 どうして? 「なぜ、嘘をつくのです?」 体が熱いのは、体温のせい。鼓動と鼓動が重なる。ぶつかる。 屈強な腕に抱きしめられる。抱きすくめられる。 逃れられない。 熱から。 お前の熱い(かいな)から。 「悲しい嘘を……」 「嘘じゃない!」 「嘘つきです。あなたは……」 「無礼だぞ」 「だったら、なぜッ」 胸が苦しい。 強く、強く、抱きしめられて体温が苦しい。 「泣いているのです?」 頬に一筋、涙が滑り落ちた。

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