7 / 25

憎くて愛しい俺のエネミー 6

「木村の部屋は桂秋棟……つまりこの棟だ。通常は同学年同士で同じ部屋に割り振るんだが、生憎三年生でひとり部屋の奴がいなくてな」 「はあ」 「最初は二年の奴と同部屋にしようかと思ったんだが、桂秋の寮長が同じ部屋でもいいと言ってくれたんで、そこにすることにしたんだ。あ、うちは寮長だけは特別にひとり部屋が与えられるんだけどな。後輩よりは同学年のほうが木村もいいだろう?」 「はあ」  後輩だろうが同級生だろうが、はっきりいってどうでもいい。同じ部屋で見も知らぬ輩と過ごすのはどちらも同じだ。 「なんだなんだ、覇気のない奴だな」  岸田先生は呆れた顔で俺を見つめてきた。 「はあ、長旅で疲れてしまって……」 「まあ、確かにここは東京の果てだからな」  笑った顔を廊下の奥に向ける。  つられて顔を向けると、明かりのついていない廊下の奥から、ひとりの生徒がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。  ずいぶんと背が高い。おそらく俺を超えるだろう。なにかしら運動をやっているとひと目でわかる体格だ。 「ちょうどよかった。あれが桂秋の寮長だ。おい、森正!」  森正……?  森正だって?  それは俺にとって死ぬまで忘れられない名前だった。俺が生涯でたったひとり、ライバルと認めた男の名前だからだ。  俺は歩いてくる生徒を凝視した。  まさかそんなはずがない。偶然にもほどがある。いやでも、森正などという苗字はそうそうあるものではない。  ふたつの思いが胸の中を交差する。  心臓がどくどくと高鳴る。痛いくらいに強く激しく。  長身の男が薄闇の中から姿を現した。  見るからに硬そうな短い髪。ふてぶてしさを感じさせるやや上へ曲がった唇。凛々しい眉と、その下で光る意志の強そうな双眸。  顔立ちだけなら端正といってもいいほどなのに、野性味がありすぎて獰猛な印象を与えている。どこかの国の傭兵だと言われたら信じてしまいそうだ。  最後に見たときよりずっと大人っぽくなっているが間違いない。この俺が森正を見間違えたりするものか。 「なんすか、岸田さん」  森正は俺たちの前で立ち止まった。思わず凝視する。  目の前に立っているのは俺が終生のライバルと認めた、この世でたったひとりの男だった。  手が震えた。  心臓まで震えている気がする。  俺のライバル。大嫌いな男。いつだって俺の前に立ちふさがっていた男。  小学校時代、俺たちふたりはすべてにおいて競い合っていた。成績、スポーツ、女子人気、身長、体重、給食の早食い、腕相撲に指相撲、なにもかもが勝負の対象だった。  俺が一方的にライバル視して勝負を挑んでいただけ、という気がしないではないが、森正はいつだって挑発にのってきた。  悔しいことに勝負の対象がなんであっても、森正のほうがいつでも少しだけリードしていた。  それが俺には許せなかった。  森正を打ち負かしたくて、あのころは勉強も運動も必死だった。森正の身長を抜かしたくて、牛乳と煮干しを毎日欠かさなかったし、家で早食いの練習をして母さんに叱られたりもした。  女子の気を惹く仕草が無意識に出てしまうのも、女子人気で負けまいとするあのころの努力の賜物かもしれない。  血を吐くような思いで必死に努力したのに。  勝率が四割を超えないまま、俺は母さんの仕事の都合で転校することになってしまった。

ともだちにシェアしよう!