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憎くて愛しい俺のエネミー 6
「木村の部屋は桂秋棟……つまりこの棟だ。通常は同学年同士で同じ部屋に割り振るんだが、生憎三年生でひとり部屋の奴がいなくてな」
「はあ」
「最初は二年の奴と同部屋にしようかと思ったんだが、桂秋の寮長が同じ部屋でもいいと言ってくれたんで、そこにすることにしたんだ。あ、うちは寮長だけは特別にひとり部屋が与えられるんだけどな。後輩よりは同学年のほうが木村もいいだろう?」
「はあ」
後輩だろうが同級生だろうが、はっきりいってどうでもいい。同じ部屋で見も知らぬ輩と過ごすのはどちらも同じだ。
「なんだなんだ、覇気のない奴だな」
岸田先生は呆れた顔で俺を見つめてきた。
「はあ、長旅で疲れてしまって……」
「まあ、確かにここは東京の果てだからな」
笑った顔を廊下の奥に向ける。
つられて顔を向けると、明かりのついていない廊下の奥から、ひとりの生徒がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
ずいぶんと背が高い。おそらく俺を超えるだろう。なにかしら運動をやっているとひと目でわかる体格だ。
「ちょうどよかった。あれが桂秋の寮長だ。おい、森正!」
森正……?
森正だって?
それは俺にとって死ぬまで忘れられない名前だった。俺が生涯でたったひとり、ライバルと認めた男の名前だからだ。
俺は歩いてくる生徒を凝視した。
まさかそんなはずがない。偶然にもほどがある。いやでも、森正などという苗字はそうそうあるものではない。
ふたつの思いが胸の中を交差する。
心臓がどくどくと高鳴る。痛いくらいに強く激しく。
長身の男が薄闇の中から姿を現した。
見るからに硬そうな短い髪。ふてぶてしさを感じさせるやや上へ曲がった唇。凛々しい眉と、その下で光る意志の強そうな双眸。
顔立ちだけなら端正といってもいいほどなのに、野性味がありすぎて獰猛な印象を与えている。どこかの国の傭兵だと言われたら信じてしまいそうだ。
最後に見たときよりずっと大人っぽくなっているが間違いない。この俺が森正を見間違えたりするものか。
「なんすか、岸田さん」
森正は俺たちの前で立ち止まった。思わず凝視する。
目の前に立っているのは俺が終生のライバルと認めた、この世でたったひとりの男だった。
手が震えた。
心臓まで震えている気がする。
俺のライバル。大嫌いな男。いつだって俺の前に立ちふさがっていた男。
小学校時代、俺たちふたりはすべてにおいて競い合っていた。成績、スポーツ、女子人気、身長、体重、給食の早食い、腕相撲に指相撲、なにもかもが勝負の対象だった。
俺が一方的にライバル視して勝負を挑んでいただけ、という気がしないではないが、森正はいつだって挑発にのってきた。
悔しいことに勝負の対象がなんであっても、森正のほうがいつでも少しだけリードしていた。
それが俺には許せなかった。
森正を打ち負かしたくて、あのころは勉強も運動も必死だった。森正の身長を抜かしたくて、牛乳と煮干しを毎日欠かさなかったし、家で早食いの練習をして母さんに叱られたりもした。
女子の気を惹く仕草が無意識に出てしまうのも、女子人気で負けまいとするあのころの努力の賜物かもしれない。
血を吐くような思いで必死に努力したのに。
勝率が四割を超えないまま、俺は母さんの仕事の都合で転校することになってしまった。
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