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憎くて愛しい俺のエネミー 7

 転校先の小学校では、俺のライバルになれるような奴はひとりもいなかった。勉強でも運動でも女子の人気でも、俺は当たり前のようにトップに立った。  ずっと望んでいたいちばんの座を手に入れたのに。俺の心は凪の海のようにさざなみひとつ立たなかった。  このときになって気がついた。心臓に風穴が空いていることに。  喜びも楽しさも、その穴からはらはらとこぼれ落ちていく。いちばんの座を手に入れようがどうしようが、満たされないのはそのせいだ。  その穴を空けたのがこの世でいちばん嫌いな男――森正克寛だと理解したのは、中学に上がったあとのことだった。 「今日からおまえのルームメイトになる転入生だ。名前は木村史路。これからいろいろと面倒をみてやってくれ。頼んだぞ、寮長」  岸田先生は森正の肩をポンと叩いた。  もしもまた出会うことがあっても、身長では負けないだろうと思っていたのに。目の前に立っている森正は、生意気にも一九〇センチ近くありそうだった。  小学校時代の背の順は、俺が後ろから二番目、森正がいちばん後ろ。この構図はついに最後まで変わらなかった。  子供のころはそれを死ぬほど悔しく思ったが、いまは身長なんてどうでもいい。  会ってわかった。  自分がどれだけ森正に会いたいと願っていたか。  だって、もうなんだか泣きそうだ。  俺は森正なんて大嫌いだった。それは再会したいまだって変わらない。でも、だけど、いまばかりは憎たらしさよりも懐かしさのほうが上回った。  きっと森正だって懐かしさのあまり感動しているはずだ。根が楽観的にできている俺は信じて疑わなかった。 「ああ、こいつが」  視線がちらりと俺に向く。その目には一切の感慨がなかった。  懐かしさも、久々にライバルに会えた喜びも、驚愕も、嫌悪でさえ浮かんでいなかった。冷たいほど平然としたまなざしに愕然とする。  なんだその道端の石ころを見つめるようなまなざしは。  まさかこの俺を覚えていないとでも言うのか――? 「おまえから木村に寮の規則や設備を説明してやってくれ。木村は三年だからな。新入生に交じって説明を聞くのもおかしいだろう」 「りょーかいっす。おい」  声をかけられて、ついびくっと肩が揺れた。 「寮を案内してやるよ。ついてきな」  顎をしゃくるようにして、森正は廊下を歩き出した。向けられた背中はそっけない。  信じられない。森正は本気の本気で俺のことを覚えていないのだ。俺はずっと忘れられずにいたのに。ひと目見ただけで、いや、森正という名前を聞いただけでまさかと思ったのに。  萎れた歓喜のかわりにこみ上げてきたのは、滾る怒りだ。  この俺を忘れるなんて許されると思うのか。いいや、許されるはずがない。  いまに見ていろ。絶対に俺のことを思い出させてやるからな!  心で叫び、背中へびしっと指を突きつける。が、森正が気づくようすはなく、廊下を大股に歩いていってしまう。 「なにをやってるんだ、木村……」  怪訝そうに呟いたのは、寮監督の岸田先生だった。  俺はいつもの癖でふっと笑って、横髪をさらりと掻き上げた。数々の女の子を魅了してきた仕草も相手が男では、それも教師相手ときてはまったくの無意味なのだが。癖というのは怖ろしい。 「先生、俺、この学校に転入してきてよかったです」  俺は爽やかで素敵、と数多の女子をうっとりさせてきた笑みを浮かべた。 「よかったって……さっきここに着いたばかりだろうが。それにきたくてきたんじゃないとか言ってなかったか?」  呆れ返った寮監督の声も、いまはどうでもよかった。  俺のターゲットはただひとり、森正だけだ。  なんとしてでも早急に俺のことを思い出させてやる。  思い出した暁にはしょぼい記憶力を馬鹿にしまくって、プライドを完膚なきまでに叩き潰してくれる。  俺は不敵に笑うと、がっしりした背中を追いかけた。

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