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憎くて愛しい俺のエネミー 9
「おまえの部屋はここだ。部屋替えは新学期にしかやらねーから、卒業までこの部屋だぞ」
その部屋は桂秋棟の一階にあった。寮長室と毛筆体で書かれた木製のプレートが、ドアの上にかかっている。
そういえば森正は生意気にも寮長を務めているんだった。
小学校のときもなんだかんだで周りから信頼され、頼られていたが、それはいまでも変わっていないようだ。
森正の性格が昔と大きく変わったとは思えない。性格が変わったのなら顔つきだって少しは変わっているはずだ。森正ときたら、子供のころの森正を未来の道具で大きくしただけなのでは、と疑いたくなるくらい子供のころのままである。
だったら野蛮で獰猛で狂暴でありながら、周りから信頼されているのもうなずける。
そうか、森正が俺を俺だと気づかないのは、森正と違って俺があまりにも変わりすぎたせいなのかもしれない。
子供のころはひたすらに愛くるしい少年だったこの俺だが、高三のいまは凛々しさと知性の滲み出る美貌の少年だ。思い出の中の愛くるしかった子供と、目の前にいる凛々しい少年が一致しなくても無理はない。
俺は壁に手をついて足を軽く交差させると、ふっと笑みをこぼした。
「まあ、無理もないな……。そうか、原因は俺の美しさにあったのか……」
すぐ横でバタンと音がした。寮長室のドアが閉まった音だ。俺は慌てて寮長室のドアを開けて中へ入った。
ドアの向こうはよく言えばシンプル、有り体にいえば殺風景なふたり用の部屋だった。正面の窓の前に勉強机がふたつならび、壁際には二段ベッドが設えてある。大きな家具はそのくらいだ。出入り口の左手についているドアが浴室だろう。
ベッドにはカーテンがついているが、いまは開け放されている。下のベッドはひどい有様だ。脱ぎ散らかしたシャツや靴下、食べかけのお菓子の袋が無造作に散らばっている。
「おまえのベッドは上、机は左だ」
そんなことは言われなくても見ればわかる。下のベッドと同じく右の机もひどい有様だからだ。お菓子の包み紙やボトルキャップや紙くずや雑誌が山となり、雪崩を起こして隣の机に侵食している。のっけから領域侵犯とはいい度胸だ。
「汚すぎるだろ、この机。あとベッドも」
「そうか? 割ときれいなほうだけどな」
森正は椅子にどさりと腰を下ろした。椅子の背もたれにはジャケットや上着やズボンが何枚もかかっている。出したらしまうということを知らないんだろうか、この男は。
綺麗好きな森正なんて不気味といえば不気味だが、今日から卒業まで俺と同じ部屋で暮らすのだ。もうちょっとくらい整理整頓を心がけていただきたい。
ベッドの反対側に木製の棚がおいてあるが、すべての段が雑誌や食玩やその他のがらくたで埋まっている。よもやと思ってクローゼットを開けると、予想どおり荷物がでたらめにつめこんであった。俺の衣服や荷物を入れるスペースは猫の額、いや、ネズミの額ほどしか残されていない。
「下におまえの荷物が届いてるはずだから、持ってきてかたづけろよ」
「かたづける場所がどこにあるって言うんだ、どこに!」
俺はがーっと怒鳴ったが、森正は眉ひとつ動かさない。むかつく。
森正のくせに俺よりも冷静だなんて生意気だ。いったいどうしてしまったんだ、森正克寛。子供のころみたいに殴りかかってくればいいものを。
むかつく。いらつく。もどかしい。
なあ、俺を覚えていないのか? 小六の一学期までずっと一緒だっただろ。
俺は言葉をぐっと呑みこんだ。俺のことを思い出させるのはかんたんだ。でも、それじゃあ意味がない。どうにかして森正自身に思い出させなくては。
だって、俺はひと目でわかったんだ。それなのに、どうしてこいつは俺だって気づかないんだ。
「俺の荷物はてきとーに寄せとけよ」
「だから、その寄せる場所がないだろうが。……あのさ、森正」
森正と名前を呼んだ瞬間、心臓が、心臓に空いた風穴が疼くように痛んだ。
心の中で呼んだことはあっても、口に出すのはひょっとしたら引っ越ししてから初めてかもしれない。
名前を呼ぶくらいでドキドキするだなんて馬鹿馬鹿しい。これじゃあまるで初恋だ。相手が可愛い女の子ならともかく、相手は男で、それもあの森正だ。
俺が世界でいちばん嫌いな男だ。
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