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憎くて愛しい俺のエネミー 11

「森正……ルームメイトが到着したらさっそく喧嘩か? いいかげんにしてくれ」  眼鏡をかけた少年はうんざりと言わんばかりの口調だった。  俺の予想どおりだ。森正は高校生になっても喧嘩に明け暮れていたらしい。人間の本質なんてそうそう変わるものじゃないし、喧嘩が好きじゃない森正なんて、そんなのはもう別人だ。  眼鏡少年は俺と俺の右腕を、やっぱりうんざりした顔で見つめてきた。 「えっと、木村史路くんだよね。転入生の。初めまして、僕は桂秋棟の副寮長をしている清田満留って言います」 「あ、どうも……」 「木村くん、森正から手を離してあげてくれないかな。きっと腹が立つことを言われたんだろうけど、こいつの挑発にいちいちのってたらキリがないよ。木村くんは今日ここにきたばっかりだから知らないだろうけど、こいつは喧嘩が三度のメシより大好きだからね」  そんなことくらい俺のほうがよく知っている。俺に向かって森正を語るとは笑止千万。釈迦に説法とは正にこのことだ。  俺はムッとしながらも、森正からおとなしく手を離した。 「森正、おまえな、転入生の世話をしろとまでは言わないけど、さっそく喧嘩を売るなよ。寮長になったっていう自覚がないのか?」 「喧嘩なんか売ってねーよ。こいつがいきなり俺につかみかかってきたんだよ」 「嘘吐け。おまえ相手に、それも転入したその日に喧嘩を売るような奴がいるわけないだろ」  森正の言っていることは事実だったが、俺は特にフォローはしなかった。じゃあ、いったいなんだって森正につかみかかったのか、と訊かれたら困るからだ。  いまはまだ言えない。森正が思い出すまでは、俺と森正が同じ小学校に通っていたことを、俺の口から話すわけにはいかないのだ。 「俺が嘘なんかつくはずねーだろ」 「……それが嘘じゃないか」  森正と清田はずいぶんと親しそうだ。副寮長ということは、この清田という少年もそれなりに優秀なんだろう。  ひょっとしてひょっとすると、この清田とやらが森正の現ライバルだったりするんだろうか。  森正と離れていた約六年間、俺のライバルとなるような相手はひとりとしていなかった。誰かをライバルと見なすには俺はあまりにも優秀すぎたし、他の誰かよりも上に立ちたいという欲求そのものを失っていた。  果たして森正はどうだったのか。俺が森正をライバルとして認めたように、他の誰かも認めたかもしれない。森正もまたその誰かをライバルとして認めたかもしれない。  その誰かは清田なのかもしれない。 「で、なんの用だよ」 「あ、そうそう、岸田先生に頼まれておまえを呼びにきたんだった。僕も呼ばれてるから一緒にいこう」  森正は椅子から立ち上がると、清田の後ろについてドアに向かった。 「木村くん、僕の部屋は四一五号室だから。困ったことがあったらなんでも相談しにきて。まあ、ルームメイトが寮長だから大丈夫だとは思うけど」  清田はドアノブに手をかけながら俺を振り返ると、感じのいい笑顔を俺に向けた。  爽やかな笑顔だったにもかかわらず、俺の胸の中には黒くて嫌な感じのもやが広がっていった。

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