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憎くて愛しい俺のエネミー 12

 森正がいなくなってしまうと、見知らぬ場所につれてこられた子供みたいな心境になってしまう。  俺は改めて寮長室を見まわした。  男子寮にふさわしい殺風景な部屋。今日から卒業までここで森正と過ごすのか。なんだかとんでもない展開になってしまった。  とにかく森正に俺を思い出してもらわないと話にならない。どうやって思い出させるかについてはあとでじっくり考えることにして、まずは荷物をかたづけることにしよう。  そのためには森正の荷物をどうにかしなくてはならない。まとめて焼却炉にぶちこむという手もあるが、いくら相手が森正でもやっていいことと悪いことがある。  しょうがない。荷物を取ってくる前に、森正の荷物を整理整頓してやるか。俺は溜め息をひとつついて腕まくりした。  それから小一時間。  どうにかこうにかクローゼットにスペースを作り、森正の机やベッドもついでにかたづけてやった。なんだって俺があいつのぶんまで掃除をしなくちゃならないのか、という疑問はあったが、汚い環境で生きていくには、俺はあまりにも繊細すぎるのだ。  しまうべきものをしまって、机を雑巾で拭くと、寮長室は見ちがえたようにさっぱりした。人間が生きる環境はこうでなくてはいけない。  満足した俺は、飲み物を買うために寮長室を出た。自販機の場所はさっき森正から聞いて知っている。階段の手前と食堂前の二ヵ所だ。  食堂に向かって歩いていくと、自販機の前に立っている生徒の姿が視界に映った。 「えっ――?」  思わず声が出た。そこに立っているのは、どこからどう見ても女の子だったからだ。  綿菓子みたいにふわっとしたショートヘア。小動物めいた黒目がちな瞳。人形みたいに愛くるしい顔立ちをしている。美少女と言っても過言ではない。  なんだって全寮制男子校に女の子がいるんだ? 誰かが彼女を連れこんだのか?  女の子は唇に指を当てて自販機を見上げている。俺が近づいていくと、黒目がちな瞳が俺に向いた。  ぱちぱちと瞬きして、でっかい目で俺をじーっと見つめてくる。睫毛が長い。瞬きの音が聞こえてきそうだ。 「……ねえ、君ってひょっとして木村史路くん?」  小さく首を傾げる。その愛らしさはほとんど小動物だ。目がでっかいところも小動物っぽい。モモンガにそっくりだ。 「そうだけど……」  どうしてこの子が俺の名前を知っているのか。まさかのまさかだがこの子は実は男で、ここの生徒だとか……? 「やっぱりー! 見たことのない顔だけど新入生って感じじゃないから、きっと転入生の子だと思ったんだー」  モモンガは顎の前で両手を軽く打ち鳴らした。仕草がいちいち可愛らしい。 「えっと、あの、君はここの生徒……だとか?」 「もちろんそうだよー。ぼくは干城春浪。木村くんとおんなじ三年生。みんなはぼくのことをハルちゃんって呼んでるよー。木村くんもハルちゃんって呼んでいいからね。そのかわりぼくもシロちゃんって呼んであげるー」  モモンガは本気で雄だったらしい。  いったいなにをどう育てればここまで愛くるしい男に成長するのか。森正のふてぶてしさと雄くささを少しわけてもらったほうがいいんじゃないのか。 「いや、俺は普通に木村って呼んでもらえればいいんだけど」 「えー、やだー。そんなのちっとも可愛くないもん」  モモンガはぷーっと頬をふくらませた。そういう顔をすると、頬に食べ物をしまいこんだ齧歯類そのものだ。 「シロちゃん、飲み物買いにきたの?」 「あ、うん」 「ぼくもだよー。ねえ、なにか飲みながらぼくとお話ししようよ。いいでしょー?」  モモンガを目にしていると、肺にピンク色の砂糖が降りつもっていくような錯覚に襲われる。 「まあ、いいけど」  俺とはあまりに違いすぎて、というか、世間一般の男とはあまりに違いすぎて会話が成立するかどうか怪しかったが、断る理由もない。  俺はブリックパックのカフェオレを、モモンガはいちごオレをそれぞれ買って、食堂へ入った。

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