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憎くて愛しい俺のエネミー 13

 食事時ではないので当たり前だが、食堂はがらんとしている。俺たちの他には誰もいない。  俺とモモンガは、テーブルをはさんで向かい合わせに腰を下ろした。  俺がストローパックに突き刺していると、モモンガは手の甲に顎をのせて、俺をじーっと見つめてきた。 「……なに?」  人の注目を浴びることに慣れきっている俺ではあるが、でっかい目でガン見されると腰のあたりが落ちつかなくなる。 「克くんって面食いだなーって思っただけー。吉中先輩も美人さんだったもんねえ」  言っている意味がさっぱりわからない。まず克くんや吉中先輩について説明しろと言いたかったが、喉が渇いていたのでとりあえずカフェオレを喉に流しこむ。 「シロちゃんはどうして涛川に転入してきたの?」 「母親が再婚して上海にいくことになったんだよ。俺はひとり暮らししたかったんだけど、寮なら食事もちゃんと出るし、監視の目もちゃんとあるからって。ほとんど無理やり入れられたようなもんだな」 「シロちゃん、いまのもっかい言って」  なぜかモモンガはぐいっと身を乗り出してきた。 「は? もう一回?」 「最後のところを、はいリピート」 「……ほとんど無理やり入れられたようなもんだな?」  モモンガの口角がきゅっとつり上がった。可愛らしい笑顔のはずなのに、俺はなぜか薄ら寒いものを感じた。 「わー、いまのぐっときちゃったー。あ、ちょっとおっきくなっちゃったかもー」 「おっきく? 身長がか?」  なんだかよくわからないが、ちびっこが大きくなれたのならいいことだ。 「干城はどうして涛川に入学したんだ?」 「もー、ぼくのことはハルちゃんって呼んでって言ったでしょー。嫌いなんだから、ちっとも可愛くないこの名前。なんなの、もときはるなみって。演歌歌手じゃないんだからさー。うちの親ってセンスなくって嫌になっちゃう」  モモンガはふたたび頬をふくらませた。 「いや、高三にもなってハルちゃん、シロちゃんっておかしいだろ」  なんだか売れない若手芸人コンビみたいな響きだ。 「ぜーんぜん。ちっともおかしくないよ。可愛いは正義なんだから。ぼく、ハルちゃんって呼んでくれないとお返事しないからね」  返事をしてくれなくても、俺としてはちっとも困らない。  俺はカフェオレを一気に飲み干して立ち上がった。これ以上モモンガの相手をしていたら、頭痛がしてきそうだ。 「じゃあ、俺、部屋にもどるから」 「シロちゃん、ひどいよ。ぼくはシロちゃんをシロちゃんって呼んであげてるのにー」 「いや、頼んでないし、木村でいいし」  俺はうっとたじろいだ。モモンガがうるうるした目で俺を恨めしそうに見上げてきたからだ。 「ぼく、冷たくされたら泣いちゃうからね」 「……ハルちゃんはどうして涛川に入学したんだ?」  俺はしかたなく腰をもどして、しかたなくモモンガをハルちゃんと呼んだ。 「うんっとね、ちょっとおいたがすぎちゃって、地元に居づらくなっちゃったんだよねえ」 「おいた?」 「ヤのつく自由業の人の奥さんに手を出したのがうっかりバレちゃったの。旦那さん、ぼくのことを殺してやるって息巻いてるんだって。そのときちょうど高校受験が近かったから、ここにしたんだ。ここならちょっとやそっとじゃ見つからないでしょ」  モモンガはにゃはっと笑った。  耳を疑う。この男とも女ともモモンガともつかない生き物が、ヤクザの奥さんに手を出しただって?  おまけにいまの話だと、人妻に手を出したのは中学生のときの話になる。 「冗談……だよな……?」 「え、なにが?」  あどけない瞳をきょとんとさせて俺を見つめてくる。その目は語っている。冗談なんてひとつも言っていない、と。

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