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憎くて愛しい俺のエネミー 14

「…………」  俺はズキズキと痛み始めたこめかみを押さえた。  人は見かけによらないとよく言うが、それにしたってほどというものがあるだろう、ほどというものが。 「ヤクザじゃなくったって、人妻に手を出すのはよくないだろ。浮気の上に不倫じゃないか。相手が怒るのは当然だよ」 「しょうがないじゃない。旦那さんが奥さんを満足させてあげられなかったんだから。ぼくに言わせれば、そんな男は浮気されて当然だよー」  まるでモモンガは満足させられたみたいな言いぐさだ。 「入学したばっかりのころは男子校なんて嫌だーって思ったけど、慣れちゃうとこれはこれでいいものだよね。女の子は大好きだけど、男の子もそれはそれで味わい深いなって。自分よりもおっきな男の子を押さえつけてあんあん言わせるのって、相手が女の子のときにはない楽しみだし」  モモンガはふたたびにゃはっと笑った。  言っている意味がわからない。いや、わかりたくない。俺の脳みそは、モモンガの言葉を分析して理解するのを断固として拒否した。 「ねえねえ、シロちゃんって処女?」  モモンガはいちごオレを両手で包みこむように持ちながら、可愛らしく小首を傾げた。 「は……?」  童貞か否かを訊かれるのならまだわかる。初対面の相手に対する質問として適しているかはともかくとして。 「男に処女もへったくれもないだろ」 「あー、そのリアクション。やっぱり処女なんだー。まあ、普通はそうだよねえ」 「いや、男に処女っておかしいだろ。男の場合は童貞っていうんだよ。でもって俺は童貞じゃないからな」  なんだってついさっき知り合ったばかりの相手に、己のシモ事情を語っているのか。俺は下ネタなんて好きじゃないし、似合うキャラでもないのに。 「そうじゃなくってー。シロちゃんが男の子としたことあるのかどうか訊いてるの」  なにを? などと訊かなくても省略された言葉くらい文脈でわかる。俺は生憎と洞察力や推理力や想像力も優れているのだ。 「あ る わ け な い だ ろ」  俺は一語一語を区切って、これ以上はないというほどはっきりと言った。  女子からの人気を一身に集めているこの俺が、なにが哀しくって男なんぞに手を出さないといけないというのだ。四百字詰め原稿用紙十枚以内で説明してみろ、と宿題を出したいところだ。  そもそも男同士でなにをどうしろというのだ。お互いに扱いたり、口でしたりとか、そういうことか?  ……いかん。想像しただけで胃袋の内側に鳥肌が立ってきた。 「じゃあさ、いっぺんぼくと試してみない?」 「試すって……。なにわけのわからないことを言ってるんだよ、干城――じゃなくってハルちゃん」  モモンガ干城はでっかい目をすうっと細めた。無邪気さが掻き消えて、かわりに妖しいオーラが立ちのぼった――ように見えた。あまりの変化に思わずたじろぐ。 「うん、みんなやっぱり最初はためらうけどね。でも、思いきって試してみると、人生観かわっちゃうかもしれないよ。女の子じゃだめになっちゃった子だっているんだから」  干城の手が伸びてきて、机の上の俺の手をさわっと撫でた。ぶわっと鳥肌が立つ。俺の引きつった表情に気づいた干城は、それはそれは楽しそうに微笑んだ。 「ぼく、シロちゃんを後悔させない自信あるよ?」 「俺は後悔する自信がある!」  慌てて椅子から立ち上がる。勢いがよすぎて椅子が床に転がったが、いまはそれどころではない。  俺の本能が身に迫っている危機を最大音量で警告している。このまま干城と対峙していたら、蛇にエンカウントしたカエルのごとく、ばくっと呑みこまれてしまいかねない。 「シロちゃん、待ってよお」  俺は怒濤のごとく襲ってきた恐怖から逃れようと、一目散にこの場から逃げ出した。

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