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憎くて愛しい俺のエネミー 20

「は……? 国?」  そんなのは日本に決まっている。いや、待てよ。そんな当たり前のことをわざわざ質問してくる奴はいない。  まさか俺の知らない間にここは日本じゃなくなってしまったんだろうか。どこかの国に占領されたとか、国の借金が積もりに積もって身売りしたとか……?  ひょっとしてひょっとすると、新しい法律では教師が生徒を好き勝手することが認められているとか……? 「な、なんだってそんなことを訊くんだよ」 「いいから答えてみろ」 「……に、日本?」  恐る恐る答える。違うと言われたらどの国にどうやって亡命しよう。 「そうだ、日本だ」  岸田はあっさり答えた。 「日本が世界各国から治安のいい国として見られていることは、木村だって知ってるだろう。常識で考えろ。治安のよっぽど悪い国ならともかく、日本でおまえの言うようなことがおこなわれていたとしたら、とっくの昔に大問題になってマスコミが大騒ぎしてる。俺はクビになった挙げ句に刑務所行きだ。……だいたいな、生徒だとか男だっていうことを抜かしても、おまえらみたいな小便くさいガキに手を出す気になれるか」  月夜の雑木林に呆れきった声が朗々と響く。  俺は岸田を、いや、岸田先生を呆然と見上げることしかできなかった。 「いや、でも、だって、森正が……」  ようやくそれだけ口にした。 「あいつにからかわれたんだろう。よくもまあ荒唐無稽にもほどがある話を本気にできたもんだな。言うほうも言うほうだが、信じるほうも信じるほうだ」  ……つまり森正がさっき俺に言ったことは真っ赤な嘘だった、ということか?  まるで森正らしくもない表情もすべて演技だったというのか?  言われてみれば岸田先生の言ったとおりだ。転入生をみんなでよってたかって慰み者にするなどという無法で無体なことが、長きに渡って続けられるはずがない。 「入寮の書類に不備があったのを見つけたから、記入し直してもらおうと思って寮長室に出向いたんだ。森正が『あいつなら雄叫びを上げながら窓から飛び出していきましたよ』なんていうから、何事があったのかと思えば……。馬鹿なことで年寄りを走らせるな」  岸田先生は盛大な溜め息を吐いた。ひょっとしたら白髪を二、三本増やしてしまったかもしれない。  俺はのっそりと立ち上がった。  そうだった。あいつはそういう奴だった。六年近く会っていないからすっかり忘れていた。 「なにを笑ってるんだ。転んだときに頭でもぶったのか?」  俯きながら低く笑う俺に、岸田先生は不審そうに声をかけてきた。  俺は笑いを止めると、まっすぐに前を見据えた。木と木の間にあるのは暗闇。その暗闇に森正の顔が浮かび上がった。  許すまじ、森正克寛――!  地面を蹴るようにして走り出す。  岸田先生が俺の名前を呼ぶのが聞こえたが、俺は無視した。さんざん暴言を吐いてしまったことは、あとできっちり謝ろう。  いまの俺にはまず成し遂げなくてはならないことがある。  殴る。  森正を殴る。  あいつが泣いて許しを乞うまで殴り続ける。

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