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第3話

 幼い頃の種はとても素直で可愛かった。兄の実の後ろを覚束ない足取りで着いてきては「実ちゃん、実ちゃん」と笑顔を向けてくれた。  いつからか種は後ろを着いてこなくなった。横を歩いていたと思ったら、あっという間に遙か前方を跳ねるように進んでいた。  仲の悪い両親が離婚したのは実が高校生になってからだ。お互い別々に引き取られることになり、実は父親に、種は母親についていくことになった。高校に入学したばかりで転校を拒んだ実に父親は一人暮らしを許可した。実際、父親にはすでに新しい相手がいたので都合が良かったのだろう。  優秀だとされるαだと判定されて一番驚いたのは実だった。αで産まれたからといって実には何の実感もなかった。勉強もスポーツもβよりは出来たけれど、ずば抜けて優秀だとは自分では思えなかったのだ。  それどころか弟の種がΩだとわかり、自分も本当はΩなのではないかと疑ったほどだ。  種はΩだとわかった時、少しだけ落ち込みすぐに立ち直った。それからはいつもの明るい弟に戻ったけれど、実への態度は変わってしまった。  どうして俺を避けるのだと訊ねると、種は笑って「実ちゃんがαだから」と言った。  実はその意味をただの反抗期だと思っていた。けれど違った。両親の離婚の後、別々に暮らしてからそれは顕著に表れた。  久しぶりに母親から電話が来て、種があまり家にいつかない、Ωなのに外で発情期にでもなったら……と、心配をしていた。母親を慰める言葉をいくつか掛けて電話を切った数日後、一人暮らしの実の家に種が訪れた。大きな荷物を持って。  実と同じ高校に進学したいからここで一緒に暮らさせてほしいと種は言った。こっそり母親に電話をして確認すると、進学のことは事実だが実の家にいくことは知らなかったと動揺していた。  種の素行が心配になり、実はそのまま種を部屋に住まわせた。兄弟二人、αとΩだけれど仲良くやれると信じていた。幼い頃のように、笑顔の種を見ることが出来ると。 「ねえ、実ちゃん、お願いがあるの」  一緒に暮らし始めて一週間ほど経って、二人での生活にも慣れてきた頃、種が笑顔を見せて言った。 「オレの番になって?」  実は我が耳を疑った。弟は一体、何を言っているのか。 「だって、兄がαで弟がΩってことは、そういうことなんじゃないの?」  なにが、「だって」なのだろう。たまたまαとΩで産まれてきただけではないか。たったそれだけで兄弟で番になんてなれるわけがない。 「番になるためにこんなに近くにいるんだよ。実ちゃんはそう考えたことない?」 「……俺は、そんなこと考えたことない……」  やたらと喉が渇いていた。種の屈託のない笑顔を初めて怖いと思った。 「本当に? 一度も? オレ達、仲の良い兄弟だったよね? それなのにオレがΩだってわかってからずっと避けてたよね?」  実の顔の近くまで自分の顔を寄せて、今までに見たことのない微笑を浮かべた弟。幼い頃の純粋な笑顔はそこにはなく、誘惑するような妖しい笑みだった。

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