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第6話

 それでもたった一人の弟だ。幸せになってほしい。番がほしいのならもっと将来有望で優しく、弟に苦労をさせたりしないαを選んで欲しい。なんなら自分が相手を探しても構わない。同じ高校に通う生徒の中には優秀なαが何人もいる。その中から種を大切にしてくれそうな相手を探して弟に紹介することもできる。  だいたい、種が連れてくる男は皆、βではないだろうか。αならば何となくだが実にはわかる。それにαとΩの性行為では、発情していなくても少なからず特有のフェロモンが出る。今まで種が連れてきた男たちの中でそんなフェロモンを出していた者はいない。種もΩ特有のフェロモンを出してはいない。  それは部屋の扉をしっかり閉めていても漂ってくるものだ。聴覚をヘッドホンで遮っても、嗅覚までは遮れない。  番を探していると言っているのに何故、種はβばかりを連れてくるのか。本当に探す気があるのか。もしかして、ただ実に行為を見せつけたいだけなのでは……。  考えれば考えるほどわからなくなる。昔は手に取るように種の思考を理解出来たのに、今では考える程に迷宮に迷い込んでしまう。  番を探す気がないのなら、もう連れ込むのはやめさせなければ。そのうち取り返しのつかないことが起きるのではないかとハラハラする。いくらβでもΩの発情したフェロモンをまともに受ければ影響されてしまうのだ。そんな危険なことをいつまでも許してはおけない。  傷付くのは種なのだから。  ひとつ息を吐いてから玄関のドアを開ける。開けた瞬間、いつもと違うと察した。  これは――。  この匂いが何か、αの本能が訴えかけてくる。  リビングへ続くドアを開ける手が震えた。ドア一枚隔てているのに、部屋中に匂いが充満している。今にも理性を持っていかれそうな、どうしようもなく惹かれる匂い。  ――種が発情期に入ったのだ。  種の発情期にその場にいたことは初めてじゃない。両親が離婚する前、家族で一緒に暮らしていた頃にも何度かある。その時は種は部屋に閉じこもり、実はα用の抑制剤を服用して、Ωのフェロモンにシンクロして発情状態になるラットと呼ばれる状態を抑えていた。  あの頃は両親が種を見ていたから深くは考えていなかった。けれど今は自分と弟の二人きり。種がここに住み始めて初めての発情期だ。  何かあった時のために常備していたα用の抑制剤を通学カバンから取り出して口の中に放り込んだ。  本来なら今すぐここから外に出るべきなのに、足がいうことをきかない。αの本能がここに実を留まらせていた。  今飲んだ薬が効けば理性を飛ばすことはないだろう。完全にΩのフェロモンから逃れることは出来ないが、それでも理性をなくして種を襲う危険性はない。すぐに種にも抑制剤を飲ませて自室に籠もるように言って、そのあとは発情期が終わるまでネカフェで寝泊まりしよう。

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