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第3話

 構内を歩く俺を呼ぶ声に振り向くと視界には声の主のTシャツが広がった。 「おはよう、翔も1限目からだったんだ」 「お前さぁ……」 ゆっくり顔を上げていくと永徳はにこにこと嬉しそうに笑っている。 「どうしたの?」 不機嫌な俺の声に一瞬きょとんとしてすぐ笑顔に戻った。 「距離感、永徳でかいんだから5mくらい離れて丁度いいくらいだよ」 「ひどいなぁ。5mは遠すぎるって」 少し後ろに下がった永徳はそれでも俺を見下ろす姿勢だった。 屈託なく笑う永徳に身長差に拗ねる自分が子供っぽく思えて、恥ずかしくなって勢いよく向きを変えて歩き出そうとした瞬間、何かにぶつかった。 「きゃっ」 「うわっ」 「危ないっ」 何かは女の子でぶつかった勢いで地面に座り込んでいて、スカートから覗く白い膝にうっすらと血が滲んでいた。 俺はといえば、女の子に倒れ込みそうになった俺の両脇を永徳の大きな手がしっかりと掴み抱えあげられている。 何だこの状況。 永徳よ……この場合抱えあげるなら女の子の方だろう。 位置的に難しかったのかもしれないが、それでもこの状況はどうなんだよ。 通り過ぎる人が物珍しそうに見てんじゃねぇか。 「ちょ、永徳、降ろして」 地面に降りるとすぐ女の子に手を差し出した。 「すいません、大丈夫ですか」 「私の方こそ」 俺の手を取り片手でスカートを払いながら女の子はにっこり微笑んだ。 栗色のふんわりした髪に俺を見上げる黒い瞳が白い肌を一層引き立たせている。 「あの……?」 見上げられることに慣れていない俺がじっと見つめていると女の子は不思議そうに首を傾げた。 「あ、あぁすいません、膝、大丈夫ですか?」 「全然平気」 そう言って女の子は明るく笑った。 女の子って可愛いんだな。佑真さんの周りにいた女の人は俺を邪魔者としか見ていなかったし、女の人って怖いイメージあったんだよな。 「でも……」 血の滲む膝に目をやりながらどうしていいのかわからず言葉に詰まる。 「これ使って下さい」 「おっきぃねぇ。1年生?」 後ろから永徳が絆創膏を差し出すと女の子はありがとうと受け取りながら永徳を見上げた。 そうだろうな、俺でもでかいと思う永徳を俺より小さいこの女の子から見れば余計大きく見えるだろう。 「はい」 永徳が頷くと女の子の目が嬉しそうに輝き出した。 「ね、ね、サークルとか決まってる?まだならうちのサークル入らない?」 腕を絡ませる女の子の胸が俺の腕に当たってしまっている。 俺も健全な男子なので、胸が当たればどきどきします。 「えっと……」 「あ、ごめんね。私は長谷川秋穂(はせがわあきほ)。季節の秋に稲穂の穂で秋穂ね」 戸惑う俺にごめんと言いながらも絡ませた腕は離れない。何に対してのごめんなんだ。 とりあえず俺と永徳も名前と学部を告げた。 「でも俺、バイトがあるのでサークルとか無理です」 そっと腕を離しながらすいませんと頭を下げた。 大学の費用は貯金で何とかなりそうだけど、生活費はバイトしないと払えそうにない。 佑真さんはなくてもいいと言ったけど、そこまで甘えたくない。 「サークルっていっても同好会だから参加自由だし、たまに飲み会があるくらいだから全然大丈夫だよ!」 俺が断っても秋穂さんは気にせず誘ってくる。 女の子ってやっぱ強いんだよな。 そして俺は押しに弱い。 怪我させてしまった負い目もあってどんどん断りずらくなっていく。 黙ったままの永徳を見るとサークルに入りたそうな目で俺を見返した。 「本当にあまり参加はできないと思いますけど、それでもよければ」 溜息混じりに答えると秋穂さんと永徳がやったねと喜んでいた。 連絡先を交換すると詳しくはまた今度ねと手を振って秋穂さんは走って行った。 その姿を見ながら膝は大丈夫そうだなと苦笑が漏れた。 「翔、嫌だった?」 永徳の心配そうな声が頭上から降ってくる。 「嫌ではないけど、あんまり暇がなさそうなんだよなぁ。永徳はよかったの?」 「俺は翔がいればどこでも」 俺の問いに満面の笑みで答える永徳に大型犬に懐かれた気分になった。

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