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第6話
「翔、ちゃんと話せ」
何も言わない俺の腕を慎吾が引っ張り起き上がらせた。
「好きなら、触れたいって思わねぇ?俺が変なのか?」
「それは人によるだろ」
いつもと変わらない慎吾の素っ気ない態度が今の俺にはすごく寂しく感じてしまう。
冷たい表情とは違い声は優しくて心配してくれているのはわかるのに拒絶されているような気持になってしまう。
「だけど!俺が出て行く前は抱きしめてくれたしっ」
「え?」
「一緒にも寝てくれたんだよっ」
「は?」
「だけど……だけど好きだって伝えて佑真さんも好きだって言ってくれて、キスしたあの日から――」
「ま、待て待て待て。お前確か帰って来た日に告白したとか言ってなかったか?」
捲し立てる俺を制した慎吾が珍しく焦っている。
「うん。その日に佑真さんからも好きだって言ってもらって、キス――」
「キスの件 は聞きたくねぇよ」
思い出して顔が熱くなる俺に慎吾の冷たい突っ込みが飛んできた。
「でもあの時の俺って精神的に不安定だったから、だからそばにいてくれただけで、今はトラウマもないから……」
口に出すと佑真さんは俺の事なんか好きじゃない気がして悲しくなってくる。
「トラウマが……ない?」
「ないよ。兄さんとの事を思い出しても苦しくもならないし、克服出来たと思ってるんだけど」
難しい顔をする慎吾に違うのかと首を傾げた。
「どうなんだろうな。今年から沢渡教授のゼミに参加しているけど、トラウマは意外と根深いって教授は言っていたけど」
「でも俺なんともないぞ」
口元に手を当て慎吾は考え込んでいるけど、兄さんを思い出すと嫌な気分にはなっても息苦しくなったりはしない。確かに教授はトラウマはなくならないと言っていたけど今の俺は気にしていないし、ないのと同じだ。
「翔」
考え込んでいた慎吾が俺の手首を掴んでベッドに押し倒した。
「何?」
手に力を込めゆっくり近づく慎吾の顔をじっと見つめていると慎吾の鼻先が俺の鼻先に触れ、前髪が俺の額をくすぐった。
「平気そうだな」
「……試したのか」
すっと離れた慎吾を追いかけるように起き上がりながら溜息をついた。
「悪かった」
「いいけど、慎吾だと試せないと思うんだよな」
俺の言葉に何でだよと困惑する慎吾に笑いながら続けた。
「俺は慎吾がそんなことしないのもわかってるし、仮にしたとしても何か理由があるはずだから怖いとか思ったりしない」
「俺は随分信頼されているんだな」
口元に笑みを浮かべる慎吾に保護者だからなと返すと笑みは消え不愉快そうな目を向けられた。
「佑真さんの好きと俺の好きは違うのかもしれない」
「それは本人に聞かなきゃわからないけど、五十嵐さんも環境が変わったりして忙しいのかもしれないぞ。沢渡教授って優しそうな顔して人使い荒いからな」
苦笑する慎吾を見てそんなこと考えもしなかった自分が情けなくなった。
俺の中で佑真さんは完璧で何でもそつなくこなしてしまう。そんな勝手なイメージを持っていた。
どうして俺はもっと相手の気持ちを考えることができないんだ。
佑真さんだって疲れてひとりになりたい時だってあるだろう。それでも俺に優しく接してくれる。
そんな佑真さんが大好きなんだ。
だから嫌われたくない。
それでも触れたい、抱きしめられたい、好きだと言われたいと思ってしまう俺が女々しいだけなのか……。
「やっぱりわからない」
「五十嵐さんと話してみるしかないだろ」
俺の悩みをあっさり一言で片づける慎吾に不満そうな目を向けても気にする素振りは見せなかった。
帰り際のあんまり考えすぎるなよという慎吾の言葉に少し気持ちが軽くなった気がした。
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