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第10話
それから数時間、秋穂さんは教授や友達、家族の愚痴など延々としゃべり続けた。
俺と永徳は適当に相槌を打ちながら終わりが来るのを待つしかなかった。
この短時間で秋穂さんの事がよくわかった気がする。
別に知りたくもないので次回から秋穂さんとの飲み会は遠慮したい。
「じゃあ、またね~」
送りましょうかという俺と永徳にタクシーで帰るから大丈夫と明るく笑いながら秋穂さんは帰って行った。
「疲れた……」
店の前で秋穂さんを見送った俺は大きく溜息をついた。
「体調よくなかったのに平気?」
永徳が少し屈んで俺の顔を覗き込んだ。
「永徳って案外心配性だよな」
「ん~そうかも」
永徳を見上げ笑う俺に安心したような微笑みを返してくる。
「あ、そういえばお前、秋穂さんと母性本能がどうとか言ってたけどやめろよなぁ」
ふと思い出して不快な空気を漂わせ歩き出した俺の後ろからごめんと困ったような永徳の声が聞こえた。
「好きな人って……バイト先の人?」
「違うけど、何で?」
振り返ると人通りの少ない道で立ち止まる永徳の表情が暗がりでよく見えない。
「翔ってバイトと学校の往復みたいだから」
「お前、俺が知り合い少ないみたいな言い方すんなよ」
むすっとしながら近づくと永徳が張り付いたような笑みを浮かべていた。
こいつってたまに無理して笑ってるようなとこあるよな。俺もどうしていいかわからなくなると笑ってしまう時があるからわからなくはないけど……今、永徳が無理して笑う理由がわからない。
「そうじゃないけど、最近元気なかったからそれが原因なのかなって」
無理して笑う永徳の顔を見上げる俺と目が合うとすっと視線を遠くに向けた。
「永徳が心配してくれるのはありがたいけど、俺は多分、永徳より年上だと思う」
別に年上だとか年下だとかどうでもいいんだけど、母性本能が――みたいに子ども扱いされるのは納得がいかない。
たとえ俺が落ち着いてなかったとしても、だ。
そもそも男の永徳に母性本能とか意味が分かんねぇ。
「どうだろう。俺は高校1年留年しているから」
そう言って笑う永徳の表情はやっぱり無理しているように見える。
「なぁお前、何で無理して笑うの?」
「え?」
驚いた顔で俺を見ると崩れるようにその場にしゃがみ込んだ。
「おい、どうした、大丈夫か」
「何でわかるんだよ……」
下を向いたままの永徳が小さく呟く。
何でって……俺も同じだからとはちょっと言いにくい。
「何となく……永徳は俺といると無理してんの?」
「違う!」
勢いよく顔を上げた永徳の目が真剣で、初めて見た永徳の真剣な表情にほんの少し怖いと感じた刹那、俺の鼓動が早さを増した。
え、何で今……締め付けられるような胸の痛みに、息が吸えなくなっていく。
ゆっくり息を吸えばいい、頭ではわかるのに息苦しくてはっはっと短く息を吐くことしか出来ない。
俺を呼ぶ永徳の声が小さくなっていき、意識が途切れそうになる。
あぁ……俺はまた人に迷惑をかけるんだな。
息苦しさで意識を手放そうとした俺の耳にどっどっと早い鼓動の音が聞こえた。
佑真さん……?
違う佑真さんの鼓動はもっと静かで包み込まれるような――。
ゆっくり目を開けると俺を膝の上に抱きかかえ心配そうに俺の名前を呼ぶ永徳が見えた。
「ごめ……ん……」
少しずつゆっくり息を吐きながら小さく声に出す。
「無理してしゃべらなくていいよ」
どうしていいかわからず困った顔をしている永徳に微かな笑みを返した。
過呼吸だからゆっくり話したほうがいいんだよと教えてやりたいけど、それが言えるほど俺の呼吸は落ち着いていなかった。
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