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第24話

「佑真さん」 俺の声に顔を上げた佑真さんは諦めたような表情で重い口を開いた。 「ここで暮らし始めた頃、一緒に寝ているとお前は毎晩うなされていたんだよ」 「兄さんとの事ですか……?」 佑真さんの言葉に驚きを隠せない。寝ていたとはいえ嫌な感覚も辛い感覚も何もなかった。 「だろうな。起きたら覚えてないみたいだし、言わない方がいいと思っていた」 俺がたまにうなされていたと初めて聞いたのは慎吾からだった。 高校の寮で同室だった慎吾も起きたら覚えていない俺にうなされていた理由は聞かなかった。 でもあの頃と今は違う。 兄さんにされた事を思い出すと怖い、だけどうなされるほど怖いとは感じない。 「助けて、五十嵐、ですか?」 俺がうなされていた時によく口にしていたと慎吾が言っていた。 「あぁ。そばにいるのに何もしてやれなくて……ごめんな」 佑真さんが辛そうに笑いながら俺の肩を優しく抱き寄せた。 今まで不安に感じていた佑真さんの行動が納得できた気がした。 佑真さんが一緒に寝てくれなくなったのも、避けるような態度だったのも、触れようとする俺に困ったように笑っていたのも全部、俺のためだった。 助けてとうなされる俺に何もしてやれないと佑真さんは自分を責めていたのか。 「佑真さんって頭いいのに馬鹿ですね」 佑真さんの背中に回した手に力を込めて笑った。 「おっまえ……」 「佑真さんの優しい所は好きだけど、何でも一人で抱え込む所は嫌いです」 「一緒に寝なくなってから、あまりうなされていないようだったんだよ」 佑真さんの胸に顔をうずめる俺の顎を軽く掴み上を向かせた。 「だからって何も言わずに避けられたら嫌われたのかと思うじゃないですか」 「悪かった。お前に怖いと思われるのが怖かった」 俺を見つめる佑真さんの瞳が不安に揺れていた。 「ありえませんよ」 即答する俺に佑真さんが困ったような表情をする。 「あのな翔、夢ってよく願望の現れだとかいうだろ。お前が水沢の夢を見るのは――」 「俺が兄さんに犯されたがってるとでも言いたいんですか!?」 佑真さんの言葉にかっとなって立ち上がった。 どうして佑真さんがそんなこと言うのかわからない。俺が好きで兄さんとそんな関係になっていたわけじゃない事くらいわかっているはずなのに。 離れようと暴れる俺を抱きしめる佑真さんの手に力がこもり離してくれそうにない。 「聞けって。お前ってその……水沢以外とそういう経験ないだろ」 言いにくそうに話す佑真さんが何を言いたいのかわからなくて苛立ってくる。 「そういうって!?」 「セックスだよ!」 苛立つ俺につられるように吐き出された佑真さんの言葉に俺の苛立ちは一瞬で消えてしまった。 セックス……何を言いだすんだこの人。 そもそも何の話をしていたんだっけ……。 そうだ、夢が願望の現れだとか、そこからどうしてそんな話になるんだ。 戸惑う俺にあるのかよと佑真さんの声が聞こえる。 「ない、ですけど……」 ないけど、なぜこのタイミングで俺の経験の有無を確認されなきゃならないんだ。 「大人になってから見る夢っていうのは体験したことがほとんどで、だからお前が誰かとセックスしたいと思うと必然的に水沢との事を思い出してしまうんだよ」 半ばやけくそ気味に話す佑真さんの言葉を頭の中で反芻してみた。 俺にとってセックスは兄さんとの嫌な記憶しかなくて、普通にセックスしたいと思っていても経験がないから結局兄さんとの事を思い出してうなされる……と。 つまり、俺はセックスがしたかったってことなのか。 ちょ、ちょっと待って誰としたかったかなんて佑真さんだってわかっているはずで、だからあんなに言いにくそうだったのか。 俺は夢にみるほど佑真さんとやりたがっていたのか……それが本人にも気づかれているってどんな顔すればいいんだよ。 「あ、あぁ……そういう……」 恥ずかしさに俯きながらそう言うのがやっとだった。 「わかってもらえて何より」 そう言って傷口に触れないように俺の頭を優しく撫でた。 さすが臨床心理士を目指しているだけあっていろいろとよくご存じで。 あれ……だとすると佑真さんは最初から知っていて気づかない振りしていたのか。 はっきりと自覚があったわけじゃないけど俺だって健全な男子だから好きな人とそういう事をしたいと思う。 でも佑真さんはそれをわかった上で困っていたんだよな。それって――。 「佑真さん俺とセックスしたくないですか?」 「ぐふっ……お前、直球だな」 俺の問いにむせたように喉を鳴らした後、苦笑した。 「答えて、下さい」 湧きあがる寂しさに顔が強張ってしまう。 身体を繋げる事がすべてだとは思わないけど、拒否されればやっぱり寂しい。 「お前を抱きたいと思う俺の欲望が、水沢を思い出させて俺の事まで怖くなってしまうんじゃないかと不安だったんだよ」 初めて見る佑真さんの頼りなさげな表情に庇護欲が掻き立てられ、佑真さんの首に手を回し頬をすり寄せた。 「俺、佑真さんを怖いと思った事なんかありません」 佑真さんの言う通り兄さんを思い出してしまうのかもしれない。 思い出すのは怖い、だからこそ佑真さんにそばにいて欲しい。 「だけどな……」 「思い出す記憶が怖いと思っても佑真さんを怖いとは思わないです」 すり寄せた頬から唇へとキスを落としていった。 「翔」 耳元で囁かれるその声に腰のあたりがざわつく。 「怖くなくなるくらい佑真さんが上書きして下さい」 佑真さんのすっと通る鼻先に自分の鼻先をすり寄せた俺の肩を引き寄せ、角度を変えた佑真さんの柔らかな唇が俺の唇を塞いだ。 「病人に手を出せるはずないだろう」 俺の唇をぺろりと舐めた佑真さんが悪戯っぽい笑みを浮かべた。 「病人じゃなければ出してくれるんですか」 「お前なぁ……お前に関しては自制が効かない自覚があるからあんまり煽るなよ」 不満そうに呟く俺に佑真さんが溜息混じりに苦笑した。 「……俺と佑真さんって恋人同士であってます?」 「はぁ?」 何を言っているんだというような顔で佑真さんが俺を見る。 さすがに俺でも恋人同士なんだろうなくらいはわかるけど、でもはっきり言ったわけでも言われたわけでもない。 「付き合うとかそういう話したことないじゃないですか」 「そうだったか?」 拗ねて口を尖らせる俺に涼しい顔で答える佑真さんに、あぁこの人イケメンだったと思い出す。 付き合って下さいと言われることはあっても言ったことはないんだろうな。 「佑真さんっ!」 言わなくてもわかるだろうなんて不安材料残しておきたくない。 はっきりさせたくて佑真さんの目を真っ直ぐ見つめた。 「翔、俺と付き合ってくれるか?」 俺を見つめ返した佑真さんが、透き通るような声で優しく微笑んだ。 俺が一番好きなその顔で。 それは反則だろ……。 「……俺でよければ」 熱くなる顔を両手で覆い、やっとのことで返す俺の耳に楽しそうな佑真さんの笑い声が聞こえた。

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