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第29話

   まだふわふわと夢の中にいるような頭をソファの背に預け、数分前の出来事を思い返した。 俺はただ昨日出た熱のせいで汗をかいた身体をシャワーで洗い流したかっただけだ。 シャワーを浴びたいと言った俺に傷口が濡れるといけないから手伝うと言い張る佑真さんを断りきれず……それがどうしてあんなことになるんだ。 情けないけど、触れ合う指や唇の熱さが気持ちよくて頭が真っ白になってしまって、何も考えられなくなる。 そうなるともう恋愛経験値の低い俺ができることはただ佑真さんに身を委ねることだけだ。 男としてそれもどうなんだと思いはしても快楽を追い求める身体は言うことを聞いてくれない。 佑真さんが洗ってくれた身体はさっぱりとして素肌に触れる洗いたてのパジャマもさらっとしていて心地いい。 こんなにすっきりとした気分は久しぶりだ……いや、だから問題はそこだ。 俺、佑真さんの手で()かされ……。 「痛むのか?」 頭を抱える俺を佑真さんが心配そうに覗き込んだ。 まだ少し濡れた髪から漂う香りが俺の鼻孔をくすぐり佑真さんを直視できない。 「あー……いえ大丈夫です」 近すぎる佑真さんの距離に耐えられず冷蔵庫へ向かった。 それにしてもこの人は何でこんなに落ち着いていられるんだ。ドキドキするのも恥ずかしくなるのも、いつも俺ばかりで佑真さんは何でもないような顔をしていて……。 俺の事をそこまで好きじゃないから気になったりしないんだろうかと一瞬頭に過る不安を飲み込むように冷たいミネラルウォーターを一気に喉に流し込んだ。 信じられずに不安になるのは俺の悪い癖だ。 「わっ……」 いつのまにか後ろにいた佑真さんにそっと抱きしめられた俺の身体がびくりと揺れた。 「翔……俺が怖いのか?」 耳元で聞こえる佑真さんの静かな声が寂しそうで、後ろから回された佑真さんの腕をそっと撫でた。 「何度も言ってると思うんですけど、佑真さんを怖いなんて思わないです」 「じゃあどうして俺の目を見ない?」 俺の身体をぐるりと反転させると両頬に手を添え真っ直ぐ俺を見つめた。 「佑真さんは慣れてるのかもしれないけど、俺は慣れてないんですっ」 綺麗に整った佑真さんの顔を見ながら頬が熱くなっていくのがわかる。 思い出すだけで穴がなくても掘ってでも入りたいくらい恥ずかしくなる俺の気持ちなんて佑真さんにはわからないんだろう。 「慣れてるって……男と付き合うのは翔が初めてだぞ」 「俺は!男どころか付き合うのも佑真さんが初めてですよ!」 俺の言葉に驚いた顔で佑真さんがまじまじと俺を見つめる。 何を驚いてるんだこのイケメンは。俺が佑真さんみたいにモテるわけないだろう。 「あぁ……悪かった」 「佑真さんさぁ……俺が誰とも付き合わなかったのは兄さんの事があったからだと思ってます?」 頬に添えられた佑真さんの手を握りしめ何かに気付いたように瞳を曇らせる佑真さんを睨むように見つめ返した。 「違うのか?」 「ただモテなかっただけですよ!」 不思議そうに眉をひそめる佑真さんに強い口調で返す自分の言葉に情けなくなってくる。 何が悲しくてモテなかった自分の過去を堂々と公表しなきゃいけないんだ。 好きになったのは佑真さんが初めてだけど、告白されていたりしたら興味もあったし多分付き合っていたと思う。相手には失礼な話かもしれないけど、俺だって健全な男子なんだ。 ただ告白されなかっただけで、彼女が欲しいとは思っていた。 「あー……なるほど……」 「佑真さ……うわっ」 頬を緩ませた佑真さんは首を傾げる俺を強く抱きしめた。 「ちょっと今、顔見んな」 「ばかにしてるでしょ……」 笑いを含んだ佑真さんの声に溜息が漏れる。 「いや?俺が初めてなのかと思うと嬉しくて顔に力が入らないだけだ」 何だそれ、つまり顔がにやけてしまうってこと?佑真さんが? 何それ見たい。 顔を見ようともがいてみても強く抱きしめられた身体はわずかに動くだけで……ずるいと思いながらも佑真さんが喜んでくれるならモテなかった俺の過去も悪くはなかったなと、いつもより少し早い佑真さんの鼓動に目を閉じた。

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