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第34話

「俺、ゲイなんだよね」 驚いて身体が強張る俺からゆっくり離れた永徳の目が不安で揺れていた。 「あ、あぁ、そうなのか……」 「気持ち悪い?」 倒れるようにソファに座り込み、返事をするだけで精一杯な俺に永徳が寂しそうに笑っている。 「いや、驚いただけ」 そりゃ驚くだろ、俺は佑真さんが好きだけど男が好きなわけじゃない、佑真さんにしたって男は俺が初めてだって言ってたし、ゲイってことは男が恋愛対象になるんだろ。 俺や佑真さんとは違う気がして驚いてしまうのはしょうがないだろ。 「無理しなくていいよ」 「だから違うって!」 永徳には気を遣ってるように見えているんだろう。それでもう今までのように接してくれないんだろうなとか卑屈なこと考えてるんだろ。俺と似ている永徳の考えが手に取るようにわかってしまう。 「気持ち悪いって言われなかっただけで十分だよ」 「人を好きなるのって素敵な事だって前に言われたことがあったけど、俺もそう思う」 「でも俺は普通じゃないから……」 じっと見つめる俺にまだ不安そうな顔で卑屈な言葉を呟く。 「お前って好きな人いんの?」 「えっ、うん……まぁ……」 俺の質問に驚いたように視線を泳がせながら曖昧な返事をする永徳を怪訝に思いながら、前に言われた言葉をそのまま話してやることにした。 「人を好きになるのってそれだけでもう普通じゃないんだよ。何も知らなかった人を知って好きになるんだからすごい事だよ」 「翔ってすごい……そんなふうに言われたことなかった」 明るい表情をする永徳に俺の言葉じゃないけどなと心の中で呟いた。 だけど俺も言われた時、嬉しくてすごく安心したのをよく覚えてる。 「男でも女でも好きならそれでいいんじゃねぇの」 永徳に言いながら半分は自分に向けて言った言葉だった。 俺も男の佑真さんが好きで付き合ってると言えればいいのかもしれないけど、佑真さんに何も聞かず話していいものかどうかもわからない。 永徳が誰かに話すとは思わないけど、男同士を気持ち悪いと思う人も多いわけで、佑真さんがそんな風に思われるのは嫌だ。 「ありがとう翔!」 「うわっ……いってぇぇ!!」 飛びついてきた永徳の重みに耐えきれずソファに倒れ込み、傷口が当たった痛みに思わず叫んでしまう。 「どうした翔!?……何してる」 突然聞こえた佑真さんの声に振り向くと心配そうな表情がすっと冷たい表情に変わった。 え、何この展開。 佑真さんから見れば俺が永徳に押し倒されているように見えるだろう。 俺だって佑真さんのそんな所を見たら心中穏やかじゃいられない。 「佑真さん、あのっ――」 「出かけてくる」 俺の話など聞きたくないというような冷たい表情のまま出て行く佑真さんの背中を見送ると寂しさだけが残った。今まで佑真さんは怒っても出て行くなんてことはなかった。 俺の顔を見たくないほど怒っているって事なのか……とにかく早く佑真さんに謝りたい。 とりあえずこの俺の上で動かない永徳を何とかしないと。 「どいてくれ永徳」 「やっぱりかっこいいね……」 押し退けようとする俺に出て行く佑真さんをじっと見ていた永徳が慌てて離れた。 永徳の呟きに考えたくない疑問が浮かんでくる。 「お前……佑真さんが好きなの?」 「えっ、いや……まぁ、かっこいいとは思うよ」 じっと見つめる俺に曖昧な返事をする永徳の目元が照れたように赤く染まっている。 病院で佑真さんは一緒じゃないのかと残念そうだったのも、家に来いよと言うと嬉しそうだったのも佑真さんが好きだからか……。 疑問は確信に変わり俺の気分を暗くした。 永徳が誰を好きだろうと俺にだめだなんて言う権利はない。だけど何で佑真さんなんだよ……。 「永徳、今日はもう帰ってくれ」 「ど、どうしたの、俺なんかしちゃった?」 沈む俺に戸惑いながら聞いてくる永徳に苛立ってしまう。 永徳は何も悪くない。人を好きになるのは素敵な事だと俺は言ったし、本当にそう思う。 ただそれが佑真さんだったってだけでこんなに暗い気持ちなるなんて思わなかった。 「そうじゃなくて、頭が痛いんだよ」 「そっか……じゃあ帰るよ。ゆっくり休んで」 心配そうな顔で帰る永徳を見送り、静まり返るリビングのソファに座り大きく息を吐いた。 正直、何も考えたくない。 怒って出て行ってしまった佑真さんの事も、佑真さんを好きだという永徳の事もどうすればいいのかわからない。

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