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第36話
居酒屋の暖簾 をくぐると午後9時を回った広い店内は賑わい、誰もが楽しそうに見えて暗い気分の俺には場違いな気がしてくる。
「お一人様ですか~?」
場違いな空気に躊躇 う俺に明るい声で訊ねる店員に頷き、案内されるままカウンターに座りグレープフルーツサワーを注文した。
特別お酒が好きというわけじゃないけど、果物が好きな俺はいろんな種類のサワーやチューハイを飲みたくなってしまう。
テーブルのメニューを手に取り次は何を飲もうか考えながらグレープフルーツサワーを一気に飲み干した。
「これ、おいしい」
4杯目に頼んだカシスサワーのさっぱりとした酸味がすごく飲みやすい。その前に飲んだ桃サワーが甘かったせいか余計にそう感じた。
「すいませんー、カシスサワー下さい。あ、それと江角慎吾ってバイトでいるはずなんですけどいます?」
カウンターの中にいる店員に声をかけ空になったジョッキを渡しながら見当たらない慎吾の事を聞いてみる。
「江角君の友達?」
愛想よく笑いかける店員に頷くと奥にいると思うからちょっと待っててとジョッキを受け取り奥へ行くとすぐに慎吾と戻ってきた。
「慎吾~」
「俺を呼んでる客ってお前かよ……」
手を振る俺に気付くと慎吾が眉をしかめながら溜息をついた。
「俺で~す」
「お前、だいぶ酔ってるな。どんだけ飲んだんだよ」
明るく笑う俺の席の伝票を見た慎吾の眉間の皺が一層深くなり、冷たい目で俺を見る。
「やめて慎吾、今その目はきつい」
「どうしたその頭」
「ちょっと転んだだけ」
目を逸らし俯いた俺の後頭部のガーゼに気付いた慎吾の驚く声に小さく呟いた声は店の賑わいに掻き消された。
「お前もう飲むな。もうすぐで上がりだから外で待ってろ」
まだほとんど残っているカシスサワーを俺から遠ざける慎吾の口調が厳しい。
「だってまだ――」
「外、で、待ってろ。わかったな?」
慎吾の有無を言わせない口調に仕方なく頷いて伝票を持ってふらつきながら会計を済ませた。
涼しかった店内から外に出ると夜になってもまだ暑いむっとした空気が肌にまとわりつく。
酔っているせいもあって立っているのも辛く店の側にしゃがみ込むと、睡魔に襲われてゆっくり目を閉じた。
「――翔、おい、こんな所で寝ようとすんな」
「おー慎吾、お疲れ」
肩を揺すられ重い瞼を少し上げゆっくりと顔を上げると腰を屈めた慎吾が呆れたような顔をしている。
「何かあったのか?」
「慎吾ぉ……今日、慎吾の家に泊めて……」
慎吾の問いに答えず話す声が震えてしまいそうで小さくしぼんでいき、慎吾の耳に届いたかどうかもわからない。
慎吾に嫌だと言われたら本当に俺の事なんか誰も必要としてない気がしてどうしたらいいかわからなくなりそうだった。
「いい、気にしないで……放っておいて」
黙ったままの慎吾から拒絶の言葉を聞きたくなくて返事を待たずにそう言うと座り込んだまま重い瞼を閉じた。
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