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第38話 SIDE江角慎吾

   やっと眠り、静かになった翔に一息つくと机の上のスマホが着信を告げ振動していた。 「はい」 『翔がいる場所ってお前の家?』 翔を起こさないように廊下で通話を受けると聞こえて来た五十嵐さんの言葉に首を傾げる。 「翔なら俺の家にいますけど……」 『今から行く』 それだけ言うと通話は切れた。 五十嵐さんに俺の家を教えた覚えはない。翔がいる場所って言っていたけど……あの人まさか翔のスマホにGPS追跡アプリでも入れてんのか。 「翔、お前……一人になりたくないとか俺なんかいない方がいいとか言っていたけど、五十嵐さんは全然そんなこと思ってなさそうだぞ」 背中を丸めて眠る翔を見ながら溜息混じりにに呟いた。  車の音が聞こえドアを開けてみると冷たい表情で俺の方へ歩いてくる五十嵐さんを見て翔が俺にその目はきついと言った意味がわかった気がした。 「翔は?」 「今は寝てます。ちょっと待って下さい五十嵐さん」 遠慮なく中に入る五十嵐さんを呼び止めた俺を見る目が冷たい。 至って普通な俺でも無表情で冷たく見えるとか言われるのに、整った顔の五十嵐さんなら余計に冷たく見えてしまう。 「何?」 「あいつ今ちょっと普通じゃないんで――」 「どういう意味だ?」 「過呼吸とかそういうのじゃないんで心配はないです」 俺の言葉に顔色を変えた五十嵐さんに慌てて言葉を続けた。 少し安心したように短く息を吐いた五十嵐さんはベッドで眠る翔の横に腰を下ろした。 「普通じゃないって?」 「何かあったんですか?」 翔の寝顔を見つめながら聞く五十嵐さんに聞き返すと面倒臭そうな顔を俺に向けた。 「翔の態度に苛ついたんだよ」 「喧嘩でもしたんですか?」 「いや、俺が出て行った」 五十嵐さんの言葉に翔が一人になりたくないと言った理由もおいていくのかと聞いた理由も理解できた気がした。 「翔は一人にされることにすごく怯えるんです」 続きを促すように俺を見る五十嵐さんに勝手に俺の話をするなと翔に怒られそうだなと思いながら続けた。 「翔が20歳(はたち)になってすぐ弁護士が訪ねて来た事があったんです。その後、酔っぱらった翔が子供返りみたいになって、一人にしないで一人になりたくないって泣き止まなくて……」 「幼児退行、か……」 考え込みながら呟く五十嵐さんが臨床心理士になるために大学院で心理学を学んでいたことを思い出した。この人よくわかっているはずなのになんで揉めるんだ。 「翔は多分小さい頃、甘えたり我儘言ったりした事がないんだと思います。普段は子供っぽく見られたくなくて出さないようにしているみたいですけど、酔うとそれが出る時があるんですよ」 「普通じゃないってその事か」 「はい。ただ酔うと毎回そうなるわけじゃなくて、俺が知る限り2度目ですね。今回は前よりひどかったので何があったのかと思っていたんですけど……」 「俺のせいだろ」 翔が前よりひどく子供返りしている理由はだいたいわかったけど、俺が言わなくても五十嵐さんならきっと気付いているんじゃないかと視線を向けると苦笑していた。 「前に翔が水沢の家にいればもしかしたらお母さんが迎えに来てくれるかもしれないと思っていたって言っていた事があったんです。結局、水沢の家から追い出される形になったわけですが」 「俺が翔をおいて出て行ったから余計ひどくなったと言いたいんだろう?お前って遠回しに責めてくるんだな」 眉をしかめ不満そうな顔をしてはいるが俺の言わんとする事を察するあたりさすがだと感心する。 「こうなった翔は本当に面倒臭いんですよ。弟妹よりも手がかかる」 「俺の前では飲まないのにな」 さっきまでの翔を思い出して溜息をつく俺に寂しそうな表情を浮かべた五十嵐さんがそっと翔の髪を撫でた。 え、あんな面倒臭い所でも見せて欲しいものなのか、俺ならいくら好きでも遠慮したい。五十嵐さんってかなり翔の事好きなんじゃないのか、GPSで居場所を把握しているくらいだしな。 「怖いんじゃないですか」 俺の言葉に振り向いた五十嵐さんの瞳が一瞬不安で揺れたように見えた。 「五十嵐さんに嫌われる事が一番怖いんだと思いますよ」 「あぁ……」 短い返事をして翔を見つめる眼差しは暖かく優しい。 この二人、会話が足りてないだけなんじゃないのか。 恋愛なんて客観的に見るともどかしいものなのかもしれないけど、できるなら俺を巻き込むのはやめて頂きたい。

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