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第53話

 会いたいのに会うのが怖いその人の訪れを知らせるチャイムの音がやけに大きく聞こえ、身体が固まってしまったかのように動かない。 「翔!なぜ帰ってこない!」 怒りを含む佑真さんの声にびくりと身体が跳ねた。 「待って下さい五十嵐さん!翔は――」 「慎吾!やめろ!やめてくれ……頼むから……」 苛立つ佑真さんを制する慎吾に縋りつき言わないでくれとその場に崩れ落ちた。 「逃げるな翔。お前がこれからも五十嵐さんのそばにいたいならこのままじゃ駄目な事くらいわかっているだろ……五十嵐さんならきっと大丈夫だから」 慎吾の優しい眼差しにそれでも嫌だと首を横に振った。 「説明しろ江角」 冷たく響く佑真さんの声に震える俺の手をそっとはずした慎吾は視線を佑真さんに向けた。 「嫌……だ……慎吾……」 床を見つめ小さく呟く俺の身体は佑真さんに知られてしまう恐怖で凍り付いたように冷たくなっていく。 「翔は兄さんと会ったんです」 「なっ……本当なのか翔!」 慎吾の言葉に驚く佑真さんの視線を感じながら顔を上げる事ができなかった。 「翔!」 佑真さんに掴まれた肩はびくりと跳ね、ガタガタと音を立てはじめる奥歯を止めようと力を込めると背中の傷が痛んだ。 「五十嵐さん!ちょっと……」 「何だよ」 俺に詰め寄る佑真さんの腕を引っ張り、さりげなく引き離してくれる慎吾の気遣いがありがたかった。 「翔に何があったのかはわかりませんけど、五十嵐さんに会うのを怖がっていたんです。多分それは――」 「お前って本当に腹が立つ奴だな……わかったよ」 大きく息を吐く佑真さんにそうですかと慎吾が素っ気なく返していた。 「帰ろう、翔」 俺の前にしゃがみ込み優しく声をかける佑真さんに真実を知られしまったらと怖くてどうしていいかわからなくなる。 「慎吾……助けて……」 消え入るような声で呟いた俺の視界はくるりと回り、驚く慎吾と視線がぶつかった。 「言いたいことを言えばいい、それで駄目なら俺が面倒見てやるよ」 「一言多いぞ、江角」 俺を抱き上げた佑真さんは不機嫌そうな声を慎吾に投げるとそのまま歩き出した。 佑真さんに抱えられたまま、ありがとうと慎吾に目を向けると吸い込まれるような漆黒の優しい眼差しが見送ってくれていた。

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