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第58話

「何の用だ」 誰かと話す佑真さんの今まで聞いたことのない冷たい声が気になって玄関を覗き込んだ俺の身体は固まり心臓が痛いくらいに音を立てはじめる。 「翔、忘れ物だ」 俺に気付いた兄さんがポケットから取り出したスマホをぷらぷらとかざした。 忘れてなんかいない、兄さんが奪ったんだろ。そう言いたいのに俺の不満は声に出ない。 「用が済んだら帰れ」 佑真さんの冷たい声は俺に向けられているわけじゃないのに恐怖で息が詰まりそうになる。 「これはついでだ。何も知らない“佑真さん”にいろいろと教えてやろうと思ってな」 「兄さんっ……!」 冷たく笑う兄さんと視線がぶつかると身体がすくんで足を踏み出す事さえできない。 「お前に教えてもらう事なんて何もないけどな。昔も今も」 「変わらないな五十嵐、お前のその傲慢な態度」 「お前も変わらないな、俺に勝てないからと翔に八つ当たりか?直接俺に言えばいいだろう」 顔色を変えた兄さんと佑真さんの間に冷たい空気が流れている。 今までこんなに冷めた佑真さんの声を聞いた事がない。 それが俺のせいなのかと思うと辛く悲しい。 「あぁ、恋人、なんだってな。翔が俺に何度抱かれたのか知っているのか?」 兄さんの言葉に佑真さんがどんな顔をしているのか俺からは見えない、見えるのは冷たく歪んだ笑みを浮かべる兄さんだけだった。 「お前が何をしようと俺には興味がない。だけどこれ以上翔を傷つけたら許さない」 「はっ!翔のどこがそんなに気に入ったのかは知らないが、あいつは俺のものなんだよ」 「俺は……兄さんのものじゃないっ!」 兄さんに対する恐怖が消えたわけじゃない、だけど勝ち誇るような兄さんに佑真さんが馬鹿にされているようで許せなくて震える手をぐっと握り締めた。 「翔、気にしなくていい」 振り向いた佑真さんの心配そうな表情に小さく笑みを返した。 「そいつはそうやって怯えて見せる事で周りを悪者にしているんだ」 「水沢!」 庇うように俺の前に立つ佑真さんの声に空気が張りつめる。 「何の役にも立たないお前などすぐに切り捨てられる。所詮お前は――」 「水沢ぁ!!」 佑真さんに襟首を掴まれ壁に叩きつけられる兄さんの言葉は聞かなくてもわかる『誰にも必要とされていない』そんな事、俺が一番よく知っている。 それでも兄さんの言葉を遮ってくれた佑真さんの優しさは俺の心を守ってくれた気がしたんだ。 優しさとは程遠い殺気を漂わせ怒ってはいるけど。

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