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第59話

「お前でもそんな顔で怒ることがあるんだな」 「お前は一体何がしたいんだ!翔を傷つけたら許さないと言っただろう」 驚きの色を見せていた兄さんの瞳がすっと冷たいものへと変わっていく。 「許さない?傷つけているのはお前だろう、お前さえいなければ――」 「佑真さんに傷つけられた事なんかない!いつだって……俺を傷つけるのは兄さんだろ!」 張りつめた二人の空気に割って入る俺に兄さんの冷たい視線と驚く佑真さんの視線がぶつかる。 「五十嵐さえいなければお前はあんな目に合わずに済んだんだよ」 「佑真さんのせいにするな!全部……全部兄さんのせいだろ!」 佑真さんはずっと俺のトラウマを自分のせいだと責め続けてきたんだ、今だってきっと。 そんな佑真さんを責める資格が兄さんにあるはずない。 「翔、もういい」 辛そうな顔で俺を見た佑真さんは少しだけ笑い、ゆっくりとその場に膝をついた。 「すまなかった水沢。あの頃の俺は人の気持ちを考える事が出来なくてお前を不快にさせてしまって悪かった」 「五十嵐……お前……」 目の前で頭を下げる佑真さんを見つめる兄さんから凍るような冷たさは消えていて、寂しいような辛いような、それでいて少し嬉しいような……兄さん自身、自分の感情に戸惑っているような複雑な表情を浮かべていた。 今まで俺が見てきたどんな兄さんより人間らしい兄さんに昔の優しかった兄さんの笑顔が鮮明に甦る。 こうなる事がわかっていて佑真さんが頭を下げたのかはわからないけど、何も悪くない佑真さんが頭を下げる姿を見ているのは辛い。 「だから……これ以上、翔を傷つけないでくれ……頼む」 「翔の為に俺に頭を下げるのか……」 辛そうな顔をしている佑真さんも、静かに呟く兄さんも、俺はもう見ていたくない。 「もう……いいだろ兄さん。兄さんは俺の事なんてどうでもいいのかもしれないけど、俺は……俺の中には優しかった兄さんがいるんだ。これ以上俺の中の優しかった兄さんを嘘にしないで……」 兄さんを許せるわけじゃない、だけど俺の中にひとりぼっちだった俺のそばにいつも居てくれた優しい兄さんが確かにいて、これ以上、兄さんを許せなくなると優しかった兄さんが嘘になりそうで……優しかった兄さんを信じていたいんだ。 「泣くな、翔」 立ち上がり俺の頬を流れる涙をそっと拭う佑真さんの眼差しに包み込まれ張りつめていた糸が切れてしまったかのように涙が止まらない。 「嘘……なんかじゃない。お前が見てきた俺が全部真実(ほんとう)だ……だからもう俺に関わるな」 優しいとは言えない兄さんの声にいつもの冷たさはなく、ただ静かだった。 「兄さん……!」 音を立てて扉が閉まり、去って行く兄さんの足音はすぐに聞こえなくなった。 だけど俺は確かに見たんだ涙で滲む視界の中で『お前が弟じゃなければよかった』そう言ってほんの少しだけ微笑む兄さんを。

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