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第62話
丸いケーキは俺が買っておいてやるからと楽しそうに笑う佑真さんの言葉にできるだけ早く帰ろうと急いだせいか、約束の時間より少し早めに永徳の家に着いてしまった。
チャイムを押してみても静まり返っていて人の気配はなさそうだ。
「どちらさま?」
しばらく待つかとドアの前で考え込む俺の背後から聞こえた声に振り向くと永徳のお母さんが立っていた。
救急車に乗る時にちらりと見かけただけだったけど多分永徳のお母さんのはずだ。
「あの、俺、永徳君の友達で水沢翔と言います。その節はご迷惑をおかけしまして――」
「あぁ!あの時の!怪我はもう大丈夫?」
「はい、もうすっかり。きちんとお詫びにも伺えずにすいませんでした」
思い出してにっこりと微笑む永徳のお母さんに笑みを返しながら頭を下げる俺に気にしないでと優しく言ってくれた。
「永徳ならお墓の方に行っていて……もうすぐ戻るとは思うんだけど」
「知っています。俺が早く来てしまったので」
驚いたように少し目を見開いて永徳が話したの?と訊ねるお母さんにゆっくり頷いた。
「そう……春也の事は永徳のせいじゃないのに、あの子自分のせいだからって……」
「永徳は優しいから……」
寂しそうに話すお母さんにかける言葉がうまく見つからない。
「今は落ち着いているけど、少し前までは荒れていてね、そんな永徳に私たちはどう接していいかわからなくて永徳には可哀想な事をしてしまったわ……」
「きっと永徳は申し訳ないって思いながらうまく言えないだけだと思うんです」
永徳の両親だってきっとそうだ。親子だって気持ちは言葉にしなければ伝わらない。
俺を見つめる目を潤ませながらありがとうとお母さんが優しく微笑んだ。
「きっとあなたがいるから最近の永徳は明るいのね」
嬉しそうに笑うお母さんに永徳は最初から明るかったけどなと心の中で呟きながら、よかったですと微笑み返した。
「翔!?」
黒いスーツに黒いネクタイを締めた永徳が俺とお母さんを見て驚きながら駆け寄り、ゆっくりしていってねと笑うお母さんに頭を下げ永徳の部屋に入った。
「翔、ありがとう」
玄関の扉を閉めると後ろから俺を強く抱きしめる永徳の手が少し震えているのに気付いてしばらくじっとしていた。
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