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第65話
抑えきれない感情に支配され、歪んでしまった兄さんと永徳。
俺が……俺さえいなければよかったのか。
そう考えても、そう言われても、佑真さんと過ごす今を生きていたいと思ってしまうんだ。
「永徳は……悪くない……」
オレダッテ、ワルクナイ
頭の中で聞こえる“オレ”の声にああ、そうだなとふっと笑みを浮かべた。
「誰も悪く……ないんだ……」
掠れる声で呟く俺の言葉に永徳は固まったように動かなかった。
頬に当たる雫に重い瞼を上げると大粒の涙が流れる永徳の瞳から闇のような暗さは消えていた。
縛った手首が解かれ、抱き起こされると肩の痛みに朦朧とした意識が引き戻された。
俺に縋りつくように泣きじゃくる永徳を見ると佑真さんはきっと怒るだろうけどやっぱり放っておけない。
永徳は、コワイ タスケテとただ待つことしかできなかった“オレ”そのものだ。
永徳も俺も許される存在になりたかったんだ。
信じられる誰かに許されたかった。だから永徳は俺を求め、俺は佑真さんを求めた。
それが痛いほどよくわかるからお前の求めているものはやれないけどお前を許してやるよ永徳。
「永徳の事……嫌いになったりしないから……」
「ど……して、そんなに……優しい……」
子供のように泣きじゃくる永徳の背中を軽く叩くと涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で俺を見つめてくる。
「永徳の気持ちがわかるから。だけどお前の求める存在に俺はなれない……ごめんな」
「わかってる」
痛みのおかげで何とか意識を手放さずにいる俺に永徳は止まらない涙を拭うこともせず、それでも少し笑って首を振った。
「永徳……ちゃんと家族と話をしろよ。言わなきゃ伝わらない事ってあるから……」
永徳のお母さんならきっと大丈夫だ。羨ましくなるくらい永徳への愛情で溢れているように見えたから。
ひとりじゃないと微笑む俺にぎこちない笑顔を返す永徳を見た瞬間――
『お前が弟じゃなければよかったのに』
強烈な痛みの残る頭の中で去り際に残した兄さんの声が鮮明に聞こえた。
どうにもできない感情に押し潰されそうになりながら、それでも兄さんの中には俺への想いが確かにあって、そのぎこちない笑顔を見た時、許せない兄さんより優しかった兄さんが俺の中に溢れたんだ……。
「許せないと思うけど……本当にごめん」
でかい図体で正座をしてしょんぼりしている永徳はいつもの永徳で、叱られた大型犬のような永徳をやっぱり憎めない。
「お前を嫌いになることはないから心配すんな」
「でも――」
「なかった事にしてやるよ」
強烈な頭痛も口の中に広がる血の味も肩の痛みもなかった事にするには多少無理があるけど、そんな痛みは時間が経てば消えるから。
痛みに慣れてきたのか油断すると意識を手放してしまいそうになり、早く帰ろうと立ち上がる俺を慌てて永徳が支えた。
「翔!?」
「大丈夫……だから」
とは言うものの何かに掴まっていないと立っていられないほど身体は重い。
そんな俺を見て送ると言う永徳を本気で拒否した。
こんな状態で永徳と一緒に帰った時の佑真さんの反応が恐ろしすぎる。
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