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第67話

「話すって何をだよ……」 ハンドルを握り前を向いたまま呟いた佑真さんに聞き返しても返事はなかった。 永徳に噛まれた舌からの出血はほとんど止まったみたいだけど、だいぶ血を飲み込んでしまったようで胃の中に広がる鉄の味に吐き気が込み上げてくる。 佑真さんにほとんど体重を預けながらなんとか部屋まで辿り着いた。 「シャワー浴びてきてもいいですか」 吐き気もひどく気持ちが悪いし、ぼんやりする頭もすっきりさせたかった。何より永徳に触れられたところを洗い流したかった。 「翔……」 佑真さんの不安げな眼差しが近付き、キスされると思った瞬間、顔を背けてしまった。 佑真さんとキスをするのが嫌なわけじゃない。 永徳に噛まれた時の痛みを思い出して反射的に避けてしまっていた。 「あいつが好きなのか?」 「は?」 「だからあいつのそばにいたい、話ってそれだろ」 困惑する俺をバズルームまで連れて行き、掴まれた腕を離されると力が入らずその場に座り込んでしまい立ち上がる事もできない。 「それでも俺は……お前を離してやれない……っ!」 蛇口をひねった佑真さんはシャワーが降り注ぐ俺の前にしゃがみ込んで壁に手をつき悲痛な表情を浮かべていて、頬を濡らす水滴が涙のように見えた。 「俺がそばにいたいのは佑真さんだけです」 「そんな辛そうな顔で言われても説得力ないんだよ!」 「そんなこと……っ」 肩を掴む佑真さんの指が傷口にあたり痛みで顔が歪んでしまう。 「さわるだけでもそんな嫌そうな顔するんだな」 「違っ!」 投げやりに言い放つ佑真さんの瞳は俺を見ているようで見ていない気がした。 「お前にとって俺は辛い存在なのかよ」 「違うって言ってんだろ!」 俺の話を聞こうとしない佑真さんに苛立ち思わず怒鳴って足りない酸素を補うようにはぁはぁと肩で息をすると、吐き気が抑えきれなくなり胃液の混じる飲み込み過ぎた血を吐き出した。 「翔!?」 「大丈夫……です」 青ざめた顔で目を見開く佑真さんにまだ残る吐き気を抑えながら力なく微笑んだ。 「大丈夫なわけないだろう!?何があった!」 いつも冷静で落ち着いている佑真さんの青ざめた顔で声を荒げる姿に、俺の事を心配してくれる気持ちが痛いほど伝わってきて不謹慎だとは思いつつも嬉しくなってしまう。 「舌を噛んだんです……それで血を飲んじゃったみたいで……」 「噛んだ?噛まれただろ……見せてみろ」 舌打ちをして吐き捨てるように言うと俺の顎を掴んで顔を上げさせた。 「んっ……」 「深くはなさそうだけどな」 シャワーを止め俺の口の中を覗き込んで大きく息を吐くと俺の服を脱がせはじめた。 「佑真さんっ……」 抵抗する力など残っていない俺からあっという間に服を脱がすと肩先にある永徳の歯型の痕に気付いた佑真さんの動きがぴたりと止まった。 「あいつ……!」 忌々しそうに呟く佑真さんの瞳は永徳を殺しかねないほどの殺気を宿していた。 「佑真さん……ごめんなさい」 佑真さんも慎吾もいつも俺の事を心配してくれて、なのに俺は自分の事ばっかりで。 俺が永徳に会いに行かなければ佑真さんを怒らせる事も、心配させる事もなかったのに。 「もういい……もういいから」 佑真さんはどうして俺を責めないんだろう。永徳が俺を傷つけた事に怒ってはいても俺に触れる手も見つめる眼差しも優しい。 「怒らないんですか?」 「怒ってはいる。永徳って奴にはもちろんだが、行かせてしまった俺自身にも。お前に怒っているわけじゃないから気にしなくていい」 「どうして……!」 行かせてしまったって言う事も聞かずに行ったのは俺じゃないか。悪いのは俺の方で佑真さんじゃない。永徳の事もちゃんと話をしたいのに、込み上げる吐き気に顔が歪んでしまう。 「とにかく出るぞ」 力の入らない俺を抱きかかえる佑真さんの手はやっぱり優しかった。

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