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第72話
藤崎と別れてからバイトに行っても昼に見た光景が頭から離れなかった。
藤崎の話を信じたわけじゃないけど、佑真さん本人から聞いたって言われたら、佑真さんの事を信じたくても信じきれない。
それにあの時の佑真さんの笑顔は愛想笑いなんかじゃなく、俺の好きな優しい笑顔だった。
重い足取りで帰り道を歩く俺に届いた『遅くなる』という佑真さんのメッセージに更に気分が重くなった。
「あ、おかえりなさい」
「ただいま」
シャワーを浴びて出てきたばかりの俺の身体を微笑みながら抱き寄せ、佑真さんの指が頬から耳へと流れまだ濡れている髪を梳きながら唇は重なり合った。
いつもなら喉から出そうなくらい早まる俺の心臓は早まるどころか冷めていくようで、そんな自分に戸惑ってしまう。
「いや……だっ」
「翔……?」
俺の上唇をぺろりと舐め舌を差し込もうとした佑真さんを突き飛ばした俺を驚いたように見つめていた。
「あ……すいません。俺、明日早いんでもう寝ます」
それだけ言うと急いで部屋に入った。
どうして……佑真さんとキスして何も感じないなんて初めてだ。
何も感じないだけじゃない俺は確かに嫌だと思ったんだ。だけどどうして……。
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