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第76話
甘く見ていたわけじゃなかったけど、思っていた以上に教育実習は大変だった。
朝は早く、授業を見学している間もずっと立ちっぱなしで、指導教官とほぼずっと一緒にいるからぼんやりしている暇なんか一瞬もない。
帰ってからも次の日の指導案や授業準備などをしなければいけないし、睡眠時間が3時間くらいしか取れていない俺を見て慎吾が教職課程をとらなくてよかったと心の底から言ったほどには大変だ。
だけど好きで選んだ事だからなのかやりがいを感じて楽しいし、何より佑真さんの事を考えずに済むことにほっとしてもいた。
「なぁお前、それもう終わる?」
明日の日曜は1日中寝ていたいと月曜の準備をしていた俺にバイトから帰ってきた慎吾が訊ねた。
「終わったけど何?」
書き終えてペンを置くと欠伸をしながら慎吾を見上げた。
「翔は五十嵐さんに連絡しているのか?」
「してない」
「ここ3日ほど五十嵐さんが大学にも来てなくて連絡もつかないから何かあったんじゃないかって……」
「佑真さんなら大丈夫だろ」
心配そうに眉をひそめる慎吾に溜息混じりに返した。
慎吾の事だから俺が休みになるまで黙っていたんだろうけど、そもそも佑真さんなら心配しなくても何でもそつなくこなすだろ。
「お前、本当にもう関心がないのか。永徳って奴の時はあんなに必死だったくせに」
慎吾の言葉に俺の心臓が大きく鳴った。
永徳は俺と似ていて、だから放っておけなくて、だけど佑真さんは俺がいなくてもあの子がいるじゃないか……。
「佑真さんは俺がいなくても大丈夫だろ」
「五十嵐さんがそう言ったのか?」
「言ってないけど……」
「どうして素直に思っている事を言わないんだよ」
慎吾の声が静かで、だから余計に俺の心臓の音が大きく聞こえてしまう。
「嫌われたくないっ!!」
「それが本音だろ」
自分で自分の言葉に驚いている俺にわかっていたと言わんばかりの表情でだから鈍感だっていうんだと慎吾が溜息をついた。
「怖かったんだ……だって本当にお似合いだと思ったから――」
「話す相手が違うだろ、早く行け」
慎吾に言われて慌てて家を出てぎりぎり間に合った最終電車に飛び乗り、たった3駅を長く感じていた。
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