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第78話
玄関に入ると空気が淀んでいる気がした。
黙ったままリビングに入ると薄暗い部屋に酒の匂いが広がっていて、ソファに背を預け座り込む佑真さんをちらっと見て小さく溜息をつき窓を開けると冷たい夜風が吹き抜けた。
「帰れって言っただろ」
俺を木下美咲と間違えているのかぼんやりと床を見つめたままの佑真さんは機嫌が悪いというより弱々しく見える。
「何やってんだよ」
「翔……?」
そばにしゃがみ込んだ俺の声にはじかれたように佑真さんが顔を上げた。
「連絡がとれないってみんな心配していましたよ」
「江角にでも頼まれた?お前、俺の事なんか好きじゃないんだろ。放っておけよ」
乾いた笑いを漏らす佑真さんの視線は俺を避けるように床に落ちた。
佑真さんはいつも自信たっぷりで落ち着いていて、こんな風に卑屈に笑う佑真さんを俺は知らない。
「ごめん、だけど――」
「何のごめんだよ、今更謝られたって俺は……」
「許せない?」
「許せるはずないだろう!」
ふっと苦笑を漏らす俺に掴みかかる佑真さんの透き通るような声が掠れていてそれがひどく痛々しく聞こえた。
「それでも俺は佑真さんのそばにいたい」
「何だそれ……江角んとこに帰れ」
「佑真さん!」
自嘲的な笑いを浮かべ缶ビールに手を伸ばす佑真さんの手首を掴み俺を見ようとしない横顔を見つめた。
「離せ」
「俺がそばにいたら迷惑ですか?」
「ああ迷惑だ」
いつもならこれ以上辛い言葉は聞きたくないと何も言えなくなってしまう。
だけど迷惑でも嫌われても佑真さんの気持ちが知りたい。
俺はいつだって好きだと言われたかったし、佑真さんが何を考え、何をしているか知りたかった。
嫌われたくなくて押し殺していた本当の俺は俺だけを見ていて欲しいと願う面倒臭い奴なんだ。
「俺の事、もう好きじゃない?」
多分情けない顔をしている俺の顔が薄暗い部屋で見えなくてよかったと思う。
「お前がそう言ったんだろ」
「俺は佑真さんの気持ちを聞いてるんだよ!」
「ズルイやつ……」
真っ直ぐ見つめる俺から目を逸らして小さく呟くと顔を背けた。
「佑真さん!」
「好きだよ!だから同情なんかでそばにいてもらっても虚しいだけなんだよ!」
顔を背けたまま苛立つ声で吐き捨てるような佑真さんの言葉に同情ってどういう意味だよと首を傾げ、少し考えてから肝心な事を言っていない自分に気付いて焦りだした。
俺、佑真さんに好きじゃないって言ったのは違うって言ってないじゃないか。
俺の中で解決していたからって忘れるってありえないだろ……佑真さんは最初から『俺の事、好きじゃないんだろ』って言っていたのに。
「あの、佑真さん……その……」
俺も好きだとその一言が頭の中がパニックになってしまってうまく出てこない。
「何?図星だった?」
「違っ、そうじゃなくて」
「わかってるからもういい」
「ちょっと待って」
少しでもいいから俺の頭が落ち着くまでちょっと待って欲しい。
「別に無理して何か言おうとしなくていい」
「わかってねぇよ!あんた本当に俺の話を聞かねぇな!」
逆切れは重々承知の上で怒鳴りはぁはぁと息を荒げる俺を呆気にとられたような顔で佑真さんが見ていた。
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