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第85話
「教育実習が終わるまで泊めて欲しいんだけど」
「好きにすれば」
慎吾の部屋でくつろぐ俺をちらりと見た慎吾の態度は相変わらず素っ気ない。
「佑真さんとは――」
「聞きたくないし、知りたくもない」
「何でだよ」
眉をしかめながら俺の言葉を遮る慎吾に納得できず口を尖らせた。
俺はただ心配かけた慎吾に佑真さんと仲直りした事を伝えたかっただけだ。
それと少しだけ佑真さんを好きな俺の気持ちとか、俺が思っていた以上に佑真さんが俺の事を好きでいてくれたとか、好きな人と一緒にいられるってすごく幸せな事なんだなとか……話したくなっただけじゃないか。
「お前のそのにやけた顔を見ていたらわかる。それに俺はお前のノロケ話を聞くほど暇じゃない」
「だけどさぁ……」
当たっているだけに返す言葉もないけど、どうしてこうも冷めているんだ慎吾は。
俺と佑真さんが付き合ってるのを知っているのは慎吾しかいないんだから少しくらい聞いてくれたっていいだろ。
「明日も早いんだろ。もう寝ろ」
「そういえば慎吾は木下美咲って知ってる?」
布団を引くために机を動かしながら大学が同じなら慎吾も美少女を知っていたのかもしれないと訊ねてみた。
「それはまぁ、同じサークルだし」
知っていたなら藤崎より慎吾から聞きたかったぞ俺は。
あまり信用していなかったとはいえ、藤崎の迷言に踊らされた形になったじゃないか。
「じゃあ、佑真さんと木下美咲が付き合ってるって噂も知ってた?」
「そんな噂あったのか?」
「あったんだよ」
へぇと呟く慎吾に何で俺が教えなきゃいけないんだと溜息が漏れる。
慎吾が噂に興味を持たない事は分かっていたけど、同じ大学なんだから藤崎ほどじゃないにしても少しくらいは興味もてよ。
「でも確か木下美咲って五十嵐さんとは従妹じゃなかったか?」
「は!?」
そこは知ってたのかよ!?
何でもないような顔をしている慎吾に思わず顔が引きつってしまう。
そりゃ俺も木下美咲の話はしなかったし、慎吾も聞かれもしない事を話すタイプじゃない。
ないけど……慎吾が話してくれてさえいればあんなに悩まずにすんだんじゃないかと思わずにはいられない。
「お前……言えよなぁ……」
「何をだよ」
「木下美咲が佑真さんの従妹だって事だよ!」
もう八つ当たりだろうが何だろうがこの怒りをどこに向けていいのかわからない。
「今、言っただろ」
不満を口にする俺にいつも通りの素っ気ない声が返ってきた。
「もっと前だよ!知ってたら悩まなかったんだよなぁ」
「悩むって?」
「藤崎から佑真さんと木下美咲って子が付き合ってるって聞いて、二人を見てお似合いだと思ったんだよ」
「お前って本当……馬鹿だな」
「あぁその通りだな!」
至極当然だと自分でも思う事を真顔で言う慎吾に無性に腹が立ってくる。
だけど、だ。佑真さんまで傷つけてあんなに悩んだ俺の心中を“バカ”の一言で片づけるのはいかがなものかと思うぞ。
「だいたい藤崎の話を信じるなよ」
「信じてなんかいねぇよ!」
昨日の佑真さんと同じ事を言う慎吾にますます腹が立ってもう寝ると布団に潜り込んだ。
「悪かったな、おやすみ」
すっぽりと布団をかぶっている俺の頭をぽんと叩くと電気をした慎吾のベッドに入る気配を感じて小さく溜息をついた。
俺が佑真さんを好きじゃなくなったと悩んでいた理由がわかったから謝ったんだろうけど、慎吾が悪いわけじゃないのに気を遣わせてしまった。
俺はいつも慎吾の優しさに助けられてるんだよな。
「慎吾は好きな人とかいねぇの?」
「……どうだろうな」
布団から少し顔を出して見えた慎吾の眉間にはいつもみたいに皺が寄っているけど……何か照れてる感じもする。
「なになに?気になる子でもいんの?」
「あー……いや、そういうわけじゃ……何だよ」
こんな風に戸惑う慎吾が珍しくて思わず起き上がり、じっと見つめる俺にいつもの冷めた表情を向けてきた。
「べっつに~。慎吾でもそんな顔するんだなぁと思って」
「何かお前に言われると情けなくなるんだけど」
「どういう意味だよ!」
わざとらしく大きな溜息を吐く慎吾に怒鳴り、がばっと布団に潜り込んだ。
それにしても……慎吾が好きになる子ってどんな子なんだろうな。
気になるってだけでもあの慎吾が照れるって、好きとか付き合うとかなったら慎吾でもにやけた顔になったりすんのかな。
やばい。見てみたい。
「早く寝ろ」
声を殺して笑う俺に慎吾の冷めた声が届き、まだ笑いの残る声でおやすみと返した。
慎吾の気になる人が誰だか分からないけど、うまくいくといいなと願いながら眠りについた。
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