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第88話

「電話、藤崎?」 「えぇ、来週――」 「行かせない」 険しい顔で俺の腕を掴む佑真さんがどうしてそんな事を言うのか俺にはわからない。 「何言って……」 「俺が何も思わないとでも思ったのか?お前はそうやっていつも俺の気持ちを勝手に決めつける」 掴まれた腕の痛さに思わず眉をしかめた俺を見る佑真さんの表情は苛立っていて、何がそんなに佑真さんを苛立たせているのかわからない。 「俺がいつ――」 「お前さっき言ったよな、自分の方が俺の事を好きだって。俺がどれだけお前を想っているかをどうしてお前が勝手に決めるんだ」 「だって……佑真さんには俺なんか必要じゃないだろ」 溜息混じりに呟いた瞬間、パシーンと乾いた音と共に佑真さんの平手が俺の頬を打ちつけた。 「いい加減にしておけよ、翔」 熱くなる頬を押さえながら佑真さんの苦しそうな眼差しを俺はただ茫然と見つめた。 「……らない、わからないから、いつかいなくなるかもしれないって思ってないと本当にそうなった時、耐えられないだろ……」 「お前が不安になる気持ちはわかる。俺だって同じだ」 「嘘だ……」 うずくまる俺の頭を撫でる佑真さんの言葉に小さく首を振った。 「まったく……お前は俺の事を信用しないな」 信じてないわけじゃない、信じれば信じるほど裏切られた時が辛い。その辛さを俺は知っているから信じきれない。 「人の気持ちは変わってしまうから……」 「いつまでお前は俺と水沢を重ねるつもりだ?」 「え?」 驚いて顔を上げると佑真さんが寂しそうに微笑んでいた。 兄さんと佑真さんを重ねる?そんなつもりなかった。 水沢の家で唯一家族として接してくれたのは兄さんだけだった。 だけど優しかった兄さんの優しさは気付けばなくなっていて……。 佑真さんだけじゃなく、“今”優しくても“いつか”その優しさは終わるんだとそう思わなければ“今”の優しさに不安で押し潰されてしまいそうで……。 「優しかった頃の水沢を思い出して不安になるんだろう?」 「違う……」 それは確かにそうなんだけど、俺が佑真さんに抱いている不安はそれだけじゃない。 佑真さんの優しさも終わる時がくるのかもしれない。でもそれは仕方のないことで、辛いけど変わってしまった気持ちは戻らない。 「何が違うんだ」 「佑真さんにはわからない」 俺だって初めて知ったんだ、ずっとそばに居たいと思った相手を失う怖さを。 「話してくれないとわかるはずないだろう!何がそんなにお前を不安にさせているんだ……」 うずくまる俺を抱きしめる佑真さんの身体は微かに震えていて、佑真さんの想いは嬉しいのに暗い気持ちは広がっていく。 「すいません……俺……」 佑真さんの言葉は嬉しい、嬉しいのに優しい眼差しを素直に受け止める事ができない自分に苛立ち口元にあてた指に歯を立てた。 「翔!言いたいことがあるなら言え!」 「言ったって佑真さんにわかるわけない!」 指を噛む俺の手首を掴み声を荒げる佑真さんに向けた目に涙が滲んでしまう。 「お前にそうやって拒絶されると辛い。わからなくても知りたいと思うのはだめなのか……?」 切なく揺れる佑真さんの瞳に誰よりも傷つけたくなくて、誰よりも大事なこの人に何度辛い思いをさせてしまったんだろうと胸が締め付けられた。 「わかるわけない……家族にも必要とされなかった俺が他人に必要とされるはずない。そんな事ないって言われても、そんなはずないって思っても、どうしてもその気持ちが消せないんだ……」 「お前ずっとそんな事を……俺はお前の事をわかったつもりで何もわかっていなかったのかもしれないな……ごめんな……」 言ったって佑真さんにそんな辛そうな顔させるだけじゃないか、言わなければよかった。 そう思うのに佑真さんの辛そうな顔に暗い感情は止まらなかった。

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