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「竜介さんは、何歳くらいの時にデビューしたんですか?」
「俺は十九だったな。高校一年ダブッたから」
「じゃあ、もう四年も続けてるのか。今も大人気だって聞くし、凄いなぁ……」
「獅琉の方が凄いさ。デビュー後すぐに追い抜かれちまった」
「獅琉さんはまた、違うタイプですもんね」
「はっはっは、確かにな!」
三人で床に座ってテーブルを囲み、それぞれのホットケーキを食べながらも――さっきから会話しているのは俺と竜介だけだ。大雅は黙ったままもくもくと食べていて、こちらに視線も向けない。
「大雅は、竜介さんと付き合い長いの?」
「………」
フォークが止まった。
「………」
「大雅のデビュー作の後にすぐ出た二作品目で、初めて俺が相手役になったんだ。学ラン男子高生と、その家庭教師って設定でな」
「へえ。山野さんが言ってましたけど、大雅ははじめ、全然声も出さないし俺以上にNG多かったみたいですね」
笑い話として言うと、竜介がフォークを咥えたまま「そうなのか?」と横の大雅を見た。
「意外だな。俺との時はあんなに――」
「亜利馬」
大雅の握ったフォークの尖端が、真正面から俺の目の前に向けられる。
「余計なこと言ったら殺すよ」
「えぇっ……!」
それはまさに本気 な目付きだった。一瞬、本当に目を潰されるかと思った。
「うーん、美味い。亜利馬少年、焼き立てをもう一皿もらってもいいか」
「は、はい。勿論です。ちょっと待っててくださいね」
立ち上がってキッチンへ行き、新しい生地をフライパンに落とす。テレビの音に混じって、背後で微かに竜介と大雅の話し声が聞こえた。
「どうした、何を怒ってるんだ?」
「別に、怒ってない」
「そうか? いつもより口数が少ないじゃないか」
「……うるさいよ、竜介」
「そう感じたなら、お前が塞いでくれ」
「……馬鹿」
――明らかにイチャついている。振り返っていいものかどうか、物凄く迷う。
どうやらこの二人の間には他のメンバーとは違う、何等かの特別なものがありそうだ。少なくとも大雅は竜介に惚れている。空気の読めない俺でも、それくらいは分かる。
だけど何故、大雅は俺をここに残したんだろう。俺に作らせた後はさっさと帰らせていれば、竜介と二人きりでホットケーキを食べられたのに……
「少年」
竜介に呼ばれて振り返ると、彼に肩を組まれた大雅が赤面顔でそっぽを向いていた。
「大雅が、君に何か言いたいことがあるそうだ」
「え? な、なに?」
「………」
口の中で何かを呟く大雅が、ちらりと俺を見て、また視線を逸らす。
「どうしたの、大雅?」
「……だから、ありがと、って」
「え?」
「……お礼、されたの初めてだったから」
話がよく分からない。きょとんとしたまま立ち尽くす俺に向けて、大雅の代わりに竜介が説明した。
「洗浄のやり方教えたって言ってただろう。こいつは、内容はどうあれ誰かに頼られたのが嬉しかったんだ。これまでずっと一人だったからな」
「……大雅……」
「一人じゃ礼を言う勇気が出ないから、わざわざ俺を呼んだんだろ?」
「……ん」
――何だ。やっぱり、いい奴なんじゃないか。
*
それからほんの少しだけ大雅も会話に加わるようになって、ホットケーキを食べ終わってからも俺は大雅の部屋に居座ったまま、二人から色々な話を聞かせてもらった。もちろん、大半は撮影のことだ。
「今までで一番面白かった企画は、俺が撮影アシスタントを掘った時だな。完全にネタ企画だったけど、なかなか反響も良かった」
竜介が普段から親しくしているアシスタントの人が竜介に襲われるというトンデモ企画は、彼がまだ二十歳くらいの時に行なわれたそうだ。オフショットやオマケ映像で、そのアシスタントさんと竜介の会話のやり取りが面白いとファンに言われて出来た企画らしい。ちなみにそのアシスタントさんは竜介よりずっと年上の当時三十五歳で、ヒーヒー言いながら竜介に組み伏されたらしい。
「そいつは家の都合で田舎に帰ったけど、またコッチに来たらお前達にも紹介するよ。面白い奴だから絶対仲良くなれる」
「そういう企画もあるんですね。びっくり」
「真面目なVばかりじゃつまらないからな」
「竜介、ウケやらないからってネタに走りすぎ」
「そんなモデルがいてもいいだろう。ウケ役はお前達みたいな若くて綺麗なのがやればいいんだよ」
兄貴っぽく笑って、竜介が牛乳のグラスに口を付けた。
だけど俺は知っている。今朝山野さんのパソコンでインヘルのサイトを見た時、竜介のプロフィールページに沢山の熱烈なファンコメントが寄せられていたことを。
カウボーイハットにジーンズで上半身裸の竜介の写真は、同じ男の目から見てもカッコ良かった。ガタイがいいからスーツもよく似合っていて、サングラスをかければまるでハリウッドスターみたいだった。
大雅が惚れるのも無理はないな、と思う。
「竜介さん、『ブレイズ』の撮影は?」
「俺は明日だ。大雅は明後日だったな、亜利馬は?」
「俺も明後日くらいになりそうです」
五人全員の撮影が終わったら、いよいよ『ブレイズ』もリリースに向けて大々的な宣伝を打つこととなる。彼ら四人がいてくれれば、残りの一人が俺でも他の誰かでもどの道成功しそうだけど。
「第二弾からはモデル同士での絡みになるみたいだぞ。毎回コスプレしたり、ドラマ仕立てになるそうだ」
「えっ! 本当ですか、めちゃくちゃ楽しみ!」
「亜利馬、モデル同士でヤりたいの?」
大雅が白けた顔で俺を見る。
「違う違う。俺、初めは普通の芸能人のスカウト受けたのかと思い込んでて、そういうの憧れてたから……。演技とか自信ないけど、カメラの前で演じたりするのちょっと楽しみなんだ」
「ふうん……」
「いい志じゃないか。演技が上手ければ絡みにも『自然さ』が出る。特にカップル設定の時なんかは、自然な恋人らしさが出るほど見る側も感情移入できるからな。大雅なんかどんな役でも一貫して棒読みで――」
「竜介うるさい」
「亜利馬と一緒に演技の稽古したらどうだ?」
くすくすと笑う竜介を睨む大雅。
「……じゃあさぁ」
そして大雅が無表情のままテーブルに伏せ、上目に俺を見て、……言った。
「ベッドで演技の練習させてよ。亜利馬」
「え?」
「お?」
「こっち来て」
そのまま立ち上がり、大雅が隣の寝室へと入って行く。俺はしばし茫然とした後、竜介に向かって小声で言った。
「な、何であんなこと言ったんですか! 大雅、めちゃくちゃ不機嫌になっちゃったじゃないですかっ……!」
「はっはっは。悪い」
「笑ってる場合じゃないですって!」
「亜利馬、早くして」
「はいっ!」
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