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 竜介の疑問に潤歩が答える。 「ただの思い付き。お前の家で宅飲みしようぜって話になってよ。もう少ししたら獅琉と大雅も来る」 「別に構わねえが、それならそうと事前に言ってくれよ。そうしたら酒も食いモンも準備できたのに」 「竜介は昨日、撮影だったんだろ」 「ああ、潤歩と亜利馬は今日だったな。大雅もか。『ブレイズ』第一弾の撮影もこれで終わりだ」 「五人のジャケット撮影だの何だのって、まだ残ってるってよ」 「ああ、そうか。――だけど未だに信じられねえな、俺が『ブレイズ』に選ばれた理由が分からん」 「一人くらいタチ専がいた方が都合良いんじゃねえの」 「そうか。俺が潤歩坊やのバックを取る日も近いということか」 「させねえっつうの! ていうかマジでその呼び方やめろ」 「はっはっは、すまない。つい、な」  二人が話すのを流し聞きしながら、俺はシロのお腹を撫で続けた。ふわふわのさらさらだ。シロが動くたびに首輪の鈴が可愛い音をたてて鳴っている。何だか笑っているみたいだった。 「竜介、来たよ!」 「……眠い」  それから三十分ほどして獅琉と大雅も合流し、俺達は五人いても全く窮屈さを感じないリビングで飲んだり食べたりしながら盛り上がった。当然、俺と大雅はジュースだったけれど。 「こんな時間に家を出てくるなんて珍しいな、大雅」 「……獅琉に叩き起こされた」  目蓋を半分閉じかけて、竜介に寄りかかりあくびをしている大雅。 「シロー、お前は良い子だね。猫なのに警戒心が全くない。うりゃ、うりゃ」 「ずるいです獅琉さん、独り占めしないでくださいっ」  床に寝転がってシロとじゃれる俺と獅琉。 「あー、明日撮影じゃなくてマジで良かった。てわけで、飲みまくるぞ竜介」  既に呂律が回っていないのに、まだまだ元気一杯の潤歩。 「やっぱ、賑やかなのは良いなぁ」  ウイスキーのグラスに口を付けながら、そんな俺達を満足げに眺めている竜介。  ブレイズメンバーの宴は夜更けから朝方まで続き、俺が目を覚ました時、四人全員が床で雑魚寝していた。ソファの上ではシロが丸まっている。ラッキーなことに、その隣でシロに寄り添うクロの姿を見ることもできた。 「トイレ……」  リビングを出て廊下の左側にあるドアを開け、用を足す。トイレの中も綺麗で爽やかな香りがした。汚していないか念入りにチェックしてから手を洗って出ると、いつの間に起きたのか竜介が玄関でスニーカーを履いていた。 「どっか行くんですか?」 「おお、おはよう亜利馬。朝は軽くジョギングをするのが日課なんだ」  さっきまであれだけ飲んでいたのに、これから走るとは。 「俺も行っていいですか?」 「ああ、もちろん」  二人で家を出て、近場の公園までゆっくりしたペースで走る。早朝の六本木は穏やかな日差しに照らされていた。車は多いけど空気は気持ちいい。隣を走る竜介の横顔が朝日を受けてキラキラと輝いて見えた。  辿り着いた大きな公園では、俺達のようにジョギングをしている人達も多い。犬を連れている人もいたし、ベンチでただ座っているだけの人もいた。  竜介が自販機で俺にジュースを買ってくれた。せっかく走ったのに既にカロリーを摂取しているという状況が可笑しくて、つい笑ってしまう。走ってジュースを買いにきただけだ。 「いつもはこれで帰ってからシャワーを浴びて、仕事に行く。午後出勤の日くらい朝はゆっくりしようと思うんだが、この習慣が体に染みついててな」 「いいじゃないですか。俺なんて全然、運動音痴だし……体動かすこともあんまりないから、すぐ筋肉痛になるんですよ」  芝生広場のベンチに座って話しながら、俺はふと気付いて竜介に訊ねた。 「午後出勤てことは、今日も撮影があるんですか?」 「ああ、『監禁凌辱』の単体撮影が一本入ってる」 「………」  こんなに爽やかな時間を過ごした後に、まさかの監禁凌辱が控えていたとは。  *  山野さんからは「別にいいが、何の勉強だ」と言われてしまったけれど、俺は竜介にお願いして「勉強」と称し、今日の撮影現場を見せてもらうことになった。  タチ専で四年間活動してきた竜介の現場の顔というものが見てみたかったし、俺も今のところはウケ専で売り出す予定だ。タチウケの立場は違うけれど、「それだけ」に徹しているモデルの仕事について知りたいという思いもあった。 「見ててもいいが、鼻血の出しすぎで倒れるなよ」  山野さんが予め俺にティッシュの箱を渡してくれた。 「だ、大丈夫……だと思います。ちゃんと『見るぞ!』って気持ちで来ましたから」  場所は昨日俺も撮影で使用したスタジオの三階。セットは始めからSMっぽい造りになっていて、実際に使う十字型の拘束台やオブジェとしての三角木馬とか、鞭とか手錠とかが飾られていた。壁は真っ赤で、ベッドは真っ黒。いかにもって感じのセットだった。 「はあぁ、凄いなぁ……。あの、山野さん。……まさか鞭で叩いたりはしないですよね?」 「そういう撮影もあるが、今回は『凌辱』がメインだからな」 「カズトくん、入られまーす」  少しして相手役のモデルが現場に入ってきた。カズトという名の二十歳の青年は俺よりだいぶ大人っぽい見た目だけれど、慣れているのか気さくにスタッフの人と話している。そこへ竜介が行くと、青年が「おはようございます!」と深く頭を下げた。  笑顔で竜介と話しているカズト。とてもじゃないが、大雅には見せられない現場だと思った。 「それじゃあ、カズトは位置についてくれ」  それから定時きっかりに撮影が始まり、俺は物音を立てないよう静かにパイプ椅子に腰を下ろした。  カズトは十字の拘束台に磔にされている。さっきまで皆に見せていた笑顔は消え、苦しそうな表情でカメラを見ている。彼の足先から頭まで全身を撮ってから、俺の時もお世話になったゴーグルマンの三人(今日はサングラスにスーツ姿だ)が入ってきて、カズトの体をいたぶり始めた。 「ん、んん……」  必死でそれに耐えるカズト。衣装は始めからワイシャツに下着だけというもので、剥き出しの太腿をさわさわと撫でられるたびに体を捩っている。俺だったらくすぐったくて笑ってしまうであろうシーンだ。カズトはちゃんと苦しそうに、恥ずかしそうに、顔を顰めている。  ボタンは外さずにシャツが捲られ、露出した両方の乳首をゴーグルマンが舐め始めた。残る一人はカズトの足元で片膝をつき、下着の上から股間をさわさわしている。 「は、あぁっ、……あ」  ――竜介はいつ出てくるんだろう。このままだと竜介とは関係のないシーンで鼻血が出てしまいそうだ。  たっぷり五分くらいカズトが愛撫を受けたところで、ようやく竜介が「部屋」に入ってきた。 「いいザマだな。俺に楯突いたらどうなるか、お前の体に叩き込んでやるよ」  ……ああ、普段の竜介からはとても考えられない台詞。今日の竜介は髪がオールバックでダブルのスーツ姿という、映画でよく見るマフィアの首領のような格好をしていた。  ゴーグルマンの三人が竜介のために場所を空け、カメラからは分からないように画面外へとはけて行く。拘束台のカズトと向かい合った竜介が、カズトの顎をグッと押さえて思い切り口付けた。愛情なんて微塵も感じられない荒々しいキスだ。それ自体も凄いけど、苦しそうに本気で顔を振るカズトをちゃんと片手で押さえ込んでいる竜介もすごい。  糸を引きながら舌が抜かれて、カズトの唇から顎を唾液が垂れる。俺は俺で鼻血を垂らさないよう、目の前の光景を見つめながらも脳内で己と闘っていた。

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