28 / 58

3

 竜介の両手がカズトのシャツの真ん中を掴み、一気に左右へ引き裂いた。ボタンは普通より軽く縫われているものの、一度でこれを成功させるにはそれなりの力と勢いが必要だ。 「くっ、ぅ……ううっ……」  露出した肌を荒っぽく撫でながら、竜介がカズトの乳首に歯を立てる。軽く噛んでいるんだろうけどカズトの演技がリアルだから凄く痛そうに見えて、俺は思わず自分の胸に手をあてた。  それから、竜介がカズトの下着に手を突っ込んで言った。 「噛まれて反応してるじゃねえかよ。お前、マゾか」 「ち、がう……!」 「違わねえよ」  握ったそれを下着から引っ張り出し、竜介が指先で先端を焦らすようにくすぐる。そこにカメラが寄って、モニターにカズトのそれがアップで映し出された。透明な体液をこぼしている先端を、竜介の指が執拗に弄っている。見ているだけで股間がむずむずして、堪らなかった。  その状態で竜介がカズトのそれを咥えて一度射精させ、少し休憩を挟んだ後で今度はベッドでの本番撮影だ。カメラが無い場所ではカズトも竜介も朗らかに笑っている。  軽くシャワーを浴びてきたパンツ一丁のカズトが「お願いします」と裸になった竜介に向かって手を伸ばした。その体を竜介が軽々と抱き上げ、スタンバイする。次のシーンはベッドに倒されるカットから始まるため、竜介が画面外からベッドの上にカズトを放り投げるのだ。 「どりゃあ!」 「びよーん!」  竜介に投げられたカズトが「ぼふっ」とベッドに背中から倒れ、そのまま横に転がって画面の外へ消えた。スタッフの間に笑いが起こる。わざとNGを出すなんて、……さすがベテラン勢。 「悪い悪い、次は真面目に」  再び竜介がカズトを抱き上げる。そして―― 「っ……、てぇ……!」  ベッドに倒れたカズトがすぐに体勢を整え、竜介を睨んだ。何も言わずその上に竜介が圧し掛かり、掴んだカズトの両手首をベッドの上に固定し押し付ける。 「ガキが調子に乗りやがって……」 「……クソッ!」  演技ってこういうものを言うんだろうな、と思った。つい数秒前まで楽しく話していても、スタートがかかれば瞬時にして目付きも声も変わる――まるで二重人格のように、竜介もカズトも、数秒前とは全く違う人間になっていた。  頭の上の方で束ねられたカズトの手首がネクタイで拘束され、竜介の前戯が始まった。獣のように荒々しくて豪快なそれは、見ているだけでもドキドキして、止めようにも股間が熱くなってしまう。実際こんなことをされたら絶対怖いけど、撮影でならやってみたい……と、ちょっとだけ思った。  気付けば何人かのアシスタントさん達も興奮している様子で、息使いが邪魔にならないようにと撮影側フロアの奥へ引っ込んで行く人もいた。俺もそうした方がいいのだろうけど、股間の事情で椅子から立ち上がることができない。 「は、あぁ……あ、ぁ……」  カズトが甘い声を出し、竜介が屹立したそれを頬張る。大雅にしていたのとは違う激しい舌使いだ。唾液と体液でとろとろになったカズトのそれを、いやらしく嬲るように舐め回す竜介。舐め方一つでこんなにも変わるものなんだと、俺はある種の衝撃を受けた。 「や、め……ろっ……クソ、やめろっ……!」  カズトもカズトで、本気で嫌がっているように見える。俺だったら「ふわあぁん」みたいな声しか出ないであろう竜介の愛撫に必死で堪え、悔しそうな目をしながら脚をばたつかせている。至近距離でカメラが回っているのにも関わらず、二人は全くそれを意識していない。実際のそれがどういうものか分からないけど、まるで本物の凌辱現場を見ている気分だった。 「はい、オッケーです!」  続いて挿入シーンになり、そこでも二人は一貫して自分のキャラを演じきっていた。苦痛に顔を歪めるカズトと、その顔を見ながら心底楽しそうに腰を振る竜介。カズトが射精した後で竜介が中からそれを抜き、縛られたまま朦朧としているカズトに顔射を決めた。 「オッケーです! お疲れ様でした!」  二人がシャワーを浴びて着替えてから、今まで使っていたセットでの写真撮影が行なわれた。当然シリアスなものがメインだけど、ふとした時に笑顔になったり、ふざけて殴り合う真似をする二人が面白い。現場も終始和やかなムードで、鼻血も出なかったし見学できて良かったと心から思えた。 「竜介さん、お疲れ様です」 「おお、亜利馬。どうだった」 「す、凄かったです。二人の迫力が本当に凄くて……エロさとか関係なく見入っちゃいました」  心からの誉め言葉を口にしたつもりの俺を見て、竜介が困ったように笑う。 「エロさが売りなのに、それは問題だな」 「あ、も、もちろんエロかったですよ! 竜介さん、今日はもう終わりですか?」 「次は事務所ビルの撮影部屋で動画用の撮影なんだ」  時刻は四時近い。これから移動してまた撮影なんて、午後出勤とはいえ終わるのは一体いつになるんだろう。 「動画用の撮影が終わったら、終わりですか?」 「その後は八時半から始まるインヘルのライブ動画にもゲストで出ることになってる。『ブレイズ』の宣伝もそこでするぞ。夜は『監禁凌辱』のスタッフ達の飲み会に顔出して、それで終わりだな」 「めちゃくちゃハードスケジュールじゃないですか……」 「まだましな方さ」  力無く笑う竜介に、俺は思い切って聞いてみた。 「あ、あの。お邪魔じゃなかったら俺も――」 「見学か? もちろんいいぞ」 「やった!」  図々しくも竜介達と同じ移動車に乗せてもらって、俺達は撮影スタジオから事務所ビルへと場所を移動した。途中でカズトをマンションの前で降ろし、「お疲れ様でした」とめいっぱい手を振る。「お疲れ様! 頑張ってね亜利馬!」カズトは俺にガムもくれたし、車内でも色々話しかけてくれた。――いい人だ。  動画撮影用の部屋は壁もテーブルもモノトーンで統一されていて、ちょっと洒落た内装になっていた。背景には竜介がメインモデルを務めた「Office/Collection」のポスターが貼ってある。発売は一週間後だそうで、それの宣伝がメインだ。 「宣伝だけだから、全部で十分にも満たない動画になる。撮り直しがなければすぐ終わるぞ」 「モデルさんが直々に出て宣伝するんですね……」 「亜利馬もデビュー作の宣伝で動画撮影があるからな。それの役に立てればいいが」  テーブル前に座った竜介をカメラから離れた所で見ながら、これはこれで難しい仕事になりそうだと思った。カメラの前で一人で喋るというのは、演技とはまた違うスキルが必要だ。台本は決まっていても相手役がいない分、それこそ棒読みになってしまいそうな気がする。  テーブルに置かれたスタンドマイクのスイッチを入れ、「あー、あー」と竜介が声を出す。音声さんからオッケーのサインが出たのを見て、三脚に固定されたデジカメの録画ボタンが押された。 「こんばんは、竜介です。今日は前から皆さんに要望をもらっていたオフィス・リーマンシリーズのDVDがやっと出ることになりましたので、ちょっとだけ内容に触れながらご紹介しようと思います」  実際に短い動画を見ながら、竜介が解説を重ねてゆく。このシーンはどうだったとか、ここを気合いれたとか、相手役のモデル達を褒めたり、オフィスを模したスタジオの完成度の高さとか。今竜介が見ている動画は視聴者も画面上で見られるように編集するそうだ。もちろんモザイクは多めで。  この動画そのものもDVDの宣伝がメインとなっていて、竜介が出るのはほんの数分。「メインモデルの竜介からコメントを頂きました」というふうに、ただの1カットとして使用されるのだ。  そんな短い動画でも竜介は完璧にこなしていた。笑いを取るところはしっかり取って、発売日やタイトルなどの重要な部分を含め、絶対にどもったりつっかえたりしない。カメラ目線だし、声はいいし。言うことなしだ。  その撮影が終わってからしばらくしたら、今度はライブ部屋で生放送の動画に出演だ。何のライブをしているのかと思ったら、ディレクターさんと二階堂さんが他のモデルを交えてゲイAVとインヘルの歴史を語ったりする、一年に一度あるかないかの「対談ライブ」らしい。  八時半ぴったりになって、竜介がゲストとして登場した。山野さんが開いていたパソコンを見ると、コメント欄が「竜介!」「竜介えぇぇ」の文字でリアルタイムに盛り上がっている。  軽いインタビューの受け答えをしたり、コメント欄から良さそうな質問を拾ったり、「監禁凌辱」の第三弾の発表をしたり、疲れているはずなのに竜介は生き生きしていた。 「詳しいことはまだ言えないけど、現在、とあるシリーズ企画を進行中なんだ。皆が好きな『彼』とか、人気モデルの『彼』とかも、関わってくるかもしれない」  竜介がブレイズの情報をちらっと漏らすと、コメント欄が湧きに湧いた。勘の鋭い人は「獅琉だろ絶対!」なんてコメントもしている。 「それから今回の企画には、入ったばかりの新人君も参加するぞ。なかなか骨のある奴で、性格も面白い十八歳の若者だ。実は今もここに、見学に来てるんだが……あ、まだ言わない方がいいか? ……てことなので、楽しみに待っててくれ!」  俺は赤くなった頬を両手で擦りながら、盛り上がるコメント欄を見つめていた。  これだけ多くの人が待っていてくれるんだ。……俺も頑張らないと。

ともだちにシェアしよう!