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亜利馬、デビューに感動

 それから目まぐるしく日は流れ、俺も多少は慣れたのか、ちょっとやそっとのことで鼻血を噴かないようにはなった。毎日風呂上りの獅琉が全裸で登場するという特訓をしてくれているお陰だ。  ブレイズのメンバーとも打ち解けてきたし、デビュー後第二弾の打ち合わせや撮影を通してスタッフさんの顔と名前もだいぶ覚えることができた。  四月三十日。 「はあぁぁ……」  俺は感動による鼻水をすすりながら、記念すべきデビュー作のDVDを山野さんから受け取った。 「おめでとう、亜利馬」 「あ、ありがとうございます……」 『亜利馬・最速コウソクデビュー』。ジャケットは、真顔でベッドに縛られている俺のアップ。シャツが捲れて片方の乳首が露出し、下半身もギリギリまでパンツが下がっている。 『亜利馬十八歳。初めてなのに縛られて……まさかのロストバックバージン! 先輩モデルとの激しいSEXに失神寸前!』。  裏ジャケットには獅琉や潤歩との絡みカット、ゴーグル三人組に触られているカット、それから潤歩との疑似デートで笑っているカットなどがたくさん載っていた。 「お、俺の初めてのDVD……」  感極まって泣きそうになったけど、グッと堪えて山野さんに頭を下げた。 「ありがとうございますっ!」 「頑張ったのはお前だ。今後も期待してるぞ」 「はいっ!」  このDVDがいよいよ明日発売されて、多くの人の目に触れることとなる。個人的に即売会を開いて、買ってくれる人全員と握手をしたいくらいだ。  だけど本当に買ってもらえるだろうか。少しは売れるのだろうか。俺の満身創痍のDVDで、ドキドキしてくれる人はいるんだろうか。  考えるほど緊張してくる。初めての撮影の時よりずっと、心臓がバクバク鳴っている。  外は春風が吹く午後三時。ビルからマンションに戻った俺は、獅琉と潤歩に挟まれソファに座り、大きなテレビに映し出されるそれを息を呑んで見つめていた。 「あはは。亜利馬、緊張してるね」 「コイツこの後めちゃくちゃチンコが赤くなってたよな」 「い、言わないで下さいよっ!」  俺のインタビューから始まって初めてのオナニー撮影、それから次はゴーグル三人組との絡み4P。口枷をされた俺がガチガチに緊張して見えるのは、どこを触られても笑わないように気を引き締めているからだ。 「うわ、すぐイッた。情けねえ奴」 「だ、だってこんなの仕方ないじゃないですか」 「でも亜利馬、肌質も体系も良くて凄く画面に映えるね。……ほら、ああやって腕を伸ばした時の脇の下から脇腹までのラインとかも綺麗だし」  そんな細かいところまで見られて恥ずかしいけれど、俺にとっては貴重な感想だ。見ているのはAVだけどなぜかエロい感じがしないのは、俺も「こっち側」の目線で見れているからだろうか。 「潤歩とはラブラブだね。デート楽しそう」 「はっ、ふざけんな。ガキの面倒なんて二度と見ねえぞ」  賑やかな通りを潤歩と歩いた疑似デートでは、アップテンポの軽快なBGM付きだった。風船を持って潤歩と自撮りしているところや、わたあめを舐めて笑っているところ、尻を叩かれたところに、前方を指さす俺の目線に潤歩が顔を合わせているところ……。凄まじい編集力で、本当にカップルがデートしているみたいだ。 『一番特別な奴とは、こういう何もない公園で座ってるだけの方が楽しい』 『えっ……』  声は入らないって言ってたのに……。  絡みシーンよりも潤歩とのキスシーンを見る方がずっと恥ずかしい。 「この後のエッチが予定通りに済んでたら完璧だったのにね」 「………」 「……すみません」  横目で見た潤歩の顔も赤かった。  一睡もできずに迎えた五月一日。スマホで見たインヘルの通販ページには、俺のDVDが「新着おすすめ」マーク付きで載っている。レビューが書き込まれていないのは、まだ朝早いから……と思いたい。 「はあぁぁっ」  ソファの上で身悶えていると、獅琉が「おはよー」と寝室から出てきた。今日は朝から撮影があるとのことで、まだまだ眠い目をこすっている。 「どうしたの?」 「い、いえ。おはようございます獅琉さん」 「そうだ、亜利馬は今日正式デビュー日だね。帰ってきたらまたみんなでお祝いしよう」 「そんな、いいですよ。気を遣わないでください」 「大丈夫だよ。俺パーティー大好き」  高そうなワインレッドのパジャマが良く似合う獅琉は、ニコニコしながら洗面所へと入って行った。 「獅琉さん、今日って一緒に出れるんですよね?」 「うん。まだ時間あるからゆっくりしてていいよ」  今日の予定は俺の次のDVDの打ち合わせ、それからブレイズの販促用ポスター撮影。ブレイズのDVDには通販限定で小冊子を付けるらしく、それの撮影とインタビューもある。今日は五人全員、同じ時間に出勤だ。 「パン焼きましたよ獅琉さん」 「ありがとう。卵まだあったよね、スクランブルエッグでも作ろうか」  一人二枚のトーストとサラダ、獅琉特製のスクランブルエッグ、そして冷たい牛乳の朝ごはん。今日は本番撮影がないから、朝からめいっぱい食べられる。冷たいものも気にせず飲める。 「亜利馬も早いうちにサイン決めておいた方がいいよ」 「えっ?」 「もしかしたらポスターとか冊子とかファンイベントで書く時あるかもしれないし」 「そ、そんなことあるんですか」 「咄嗟に求められた時のためにもさ」  獅琉が笑って、ハチミツがけトーストを齧る。  サイン。芸能人なら誰もが持っているもの。自分の名前を書くだけなのに妙にカッコいいデザインで、気取って英語にしたりイラストにしたりするもの。俺の田舎では近所の蕎麦屋にベテラン映画俳優だという人のサインが飾ってあった。対してファンでもなく、場合によっては誰かも分からないのに、そこに飾られているだけで「おお」と思える、それがサイン――。 「あ、あ、ありま、……」  馬鹿面で宙を見つめながら考えていると、獅琉に笑われた。  午前十時半。  いつもの会議室に入ると、既に俺達以外の三人が集まって談笑していた。 「おう、おはよう獅琉。亜利馬はデビューおめでとう」 「おはようございます。……ありがとうございます、竜介さん」  大雅はテーブルに伏せて目を閉じたり開いたりしている。かなり眠そうだ。潤歩は首にヘッドフォンをかけていて、途中コンビニで買ったらしい肉まんを一人で食べていた。 「ねえ。今日は亜利馬のデビュー祝いでまたパーティーやるから、終わったら皆でどっか行こうよ」 「お前は頭ン中いっつもパーティーだな。面倒臭せぇことばっか考え付きやがって」  予想通りの潤歩の発言だが、竜介は「いいな」と乗り気だ。竜介が来るなら大雅も来るだろう。いつも歓迎してもらってばかりで申し訳ないが、嬉しかった。 「店の予約はしてあんのかよ? うるせえ居酒屋とかは嫌だぞ」  そして文句を言いつつ結局潤歩も行く気にはなっているから、憎めない。 「貸し切りにしてもいいけど、今からだと予約って間に合うのかな」 「それなら、またウチに来ればいい」  竜介が言って、大雅もそれに頷く。 「でも、こないだ行ってだいぶ騒いじゃったばかりだし。そんな迷惑かけられないよ」 「前は見せてなかったが、裏庭にデカいプールがある。夜は照明に照らされてなかなかクールだぞ」 「プールッ?」  思わず、椅子から立ち上がってしまった。 「セックスで作ったプールだ。ザーメンのプールだ」  潤歩の下品な発言は無視して、俺は見開いた目を輝かせる。遊園地、水族館、プール……。俺はそういう、滅多に行けない子供っぽいものが大好きなのだ。 「バーカウンターもある。ジャグジーもな」 「決定!」  獅琉が拳をあげて笑った。

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