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そうして今日初めての仕事として、五人全員での写真撮影が始まった。
「中央に獅琉、その隣に潤歩と亜利馬、亜利馬の横に大雅、潤歩の横に竜介」
淡々と説明されたが、俺が獅琉と大雅の間という完全なる引き立て役ポジションに怖気づいてしまう。端っこにちょこんと居させてくれればいいのに、チビだから前に出ろと山野さんは言うのだ。
「はい、全員キメ顔!」
俺のジャケット撮影をした木下さんが今日も担当してくれて、少しだけ安心したけれど。
「亜利馬くん、ちょっと顔堅いかな。リラックスして」
「はいっ」
ちなみに衣装は全員同じ白のスーツ。中のシャツの色だけがバラバラで、獅琉は赤、俺は青。皆でお揃いの服を着ているだけで本物のアイドルみたいだ。高揚感で頭の中がふわふわしてきたが、俺は気を引き締めて口をぎゅっと結んだ。
五人で撮った後は一人ずつの撮影になり、俺は他の四人が順々に撮られるのを見学しながら「やっぱ皆イケメンだよなぁ」と心の中で溜息をついた。
獅琉が妖艶な微笑を浮かべる。潤歩が顎をしゃくってカメラを睨むように見下ろす。大雅は長い睫毛を伏せて儚げな表情を作り、竜介は爽やかながらも挑戦的な笑みでこちらを誘う。
四人とも、シャッターが切られる度に自然とポーズや表情を変えている。指示なんて何も出されていないのに、自分で何パターンもポーズを考えているのだろうか。
――こんなの俺、できない。
決して恥ずかしいことじゃないのに恥ずかしい。四人がやれば絵になるけど、俺がやっても滑稽でしかない。四人と俺とでは超有名劇団の舞台とお遊戯会くらいのレベル差があるのに、同じことをやれと言うなら残酷すぎる。
「亜利馬、次」
「や、山野さんっ!」
小走りで山野さんの元へ駆けて行き、胸の不安を早口で伝える。
「お、お、俺無理です。ポーズとかいちいち指示してもらわないと、全部棒立ちかピースだけになります」
「……そんなことは分かっている。お前の分はちゃんと考えてきた」
「え? 本当ですか……」
「その代わり、次までにはちゃんと慣れろよ。甘やかすのは初回だけだ」
山野さんの銀縁眼鏡がギラリと光り、思わず息を呑む。
「……は、はい! 了解ですっ」
*
「……はぁ」
ドタバタの撮影が終わって休憩時間となり、俺はコンビニで買ってきた弁当を食べながら溜息をついた。
「大丈夫だって。写真もビデオと同じでやればやるほど慣れてくんだから」
「ああ、それに初めてにしては良かったぞ。堂々としていた」
獅琉と竜介は慰めてくれたが、潤歩はさっきから思い出し笑いをして腹を抱えている。俺が取らされた厨二病っぽいポーズのぎこちなさを真似したりと、馬鹿にされ放題だ。
「竜介。……ハンバーグ弁当の、ハンバーグだけちょうだい」
「メインを持ってくか。まあいいぞ、好きなだけ食え」
「……ありがと」
大雅だけがマイペースで、もくもくと弁当を食べている。
「でもよ、ブレイズに亜利馬が選ばれたのって、何の理由があんだろな」
潤歩が二個目のダブルチーズトマトハンバーガーに齧り付きながら言った。
「完全にド素人だし、撮影にも時間かかるしよ」
「……すいません」
「別に出てけって言ってるわけじゃねえけどォ。グループ売りすんならメーカー側だって売上げが欲しいんだし、だったら俺らと同等の奴らをブッ込んだ方が安牌なんじゃねえの」
潤歩の言うことは尤もだ。俺自身、「引き立て役」とか「バラエティ要員」としか思えないのだから。――せめてもうちょっと身長があれば、少しは他の四人に近付けるのに。
「色んなタイプのモデルを入れたいんだと思うよ。亜利馬がいることで何となくフレッシュさも出るし、俺達も初心を思い出せるし、一緒に成長できるしさ。皆で頑張れるじゃん」
獅琉のフォローに対して、潤歩が「道徳用の教育テレビじゃねんだから」と笑った。
「だから亜利馬も深く考えないで、俺達と一緒に頑張ろうよ。誰だって初めは初心者なんだから、これから、これから!」
獅琉も、竜介も笑っている。大雅は無表情で弁当を食べながら小さく頷いていた。
「まあ、ガキの世話も金がもらえるならいっか」
俺の弁当から唐揚げを摘まんで、潤歩も笑った。
*
『デビューモノは初めて購入しましたが、モデルさんの初々しさがとても良かったです』
『安定の獅琉と潤歩。亜利馬くんも頑張ってる感じが伝わってきて、買って損はなかったです』
『拘束が甘い!もっとハードな鬼畜プレイを希望します(笑)』
午後になってスマホを見たら、十件くらいのレビューが書き込まれていて心臓が飛び上がった。怖くて仕方なかったけど、今のところマイナスな書き込みはなさそうだ。
「サイトで購入したり、購入した作品にレビューを書くと会員ポイントが溜まっていって、割引とかになるんだよ」
食事を終えた獅琉が俺の後ろからスマホを覗き、教えてくれた。
「だから、こんなに書き込んでもらえるんだ……」
「インヘルのお客さんは割とほのぼのした人が多いっていうか、良い人達ばっかだよ。たまにおかしなこと書かれるけどね。細かーいプレイの要望とか、誰々とは絡むな、とか」
AVに限らず誰もが絶賛する作品を作るなんて不可能だから、万が一嫌なことを書かれても気にしない方がいいよ、と獅琉が言った。ただし、為になる厳しい言葉はちゃんと受け止めるように、とも。
『これから亜利馬くんの成長を陰ながら応援します。頑張ってください』
「ありがたい……」
『オナニーとか感じてる顔はエロかったけど、子供っぽすぎるかな。潤歩と歩いてると年の離れた兄弟みたい』
「……すいません」
いつまでもコメントを眺めていたかったけど、そろそろ打ち合わせの時間だ。名残惜しいけどスマホをポケットに入れて、俺は「行ってきます」と四人に告げ会議室を出た。
「失礼します」
一つ上の階にある面談室みたいな部屋に入ると、山野さんと二階堂さん、それからディレクターの今井さんがいた。書類の束を捲りながら既にあれこれと喋っている。
長テーブルが二つ向かい合うようにくっついていて、俺もまた三人と向かい合う形で席につく。
俺が椅子に座るなり、二階堂さんが顎鬚を触りながら言った。
「早速だが亜利馬、次の作品では多少の凌辱プレイを取り込みたいと思っている」
「凌辱……って、前に竜介さんがやってたような……?」
「あれよりも少しハードなものだ」
「えっ!」
「だが安心しろ、縛ったり痛い思いをするようなものじゃない。お前に初々しさが残っているうちに、『本気で恥ずかしがっている顔』を撮っておきたいんだ」
「………」
いつだって本気で恥ずかしいのに、これ以上どんな「凌辱」が待っているというのだろう。
山野さんが俺の方へと書類を滑らせながら説明する。
「今のところ考えているのは……、道具を使っての亀頭攻め、開脚椅子を使っての全身マッサージ、回転式オナホールでの連続イキ、潮噴き、放尿、目隠し、言葉攻め、……」
「ちょ、ちょ、待ってください……!」
咄嗟に鼻を押さえて片手を振り、俺は山野さんの説明を遮った。テーブル上の書類にも同じことが書いてあり、とても直視できない。
「こ、これってハードル高すぎませんか。とても俺には……」
「そんなことない。どれもよくあるプレイだ」
「ええ……」
今井さんがペンをカチカチさせながら言った。
「この中で『今はどうしても無理』ってのはあるかい?」
「……全部、って言いたいですけど……うーん、潮噴き……放尿……この辺りはちょっと。あと、連続イキっていうのもできるか自信がありません」
「うんうん」
頷き、今井さんが書類にチェックを入れていく。打消し線を引いている様子はない。
「開脚椅子で目隠しされながらの全身舐め&マッサージなんてどうだろ」
今井さんが二階堂さんに言うと、
「その状態で始めに亀頭マッサージャー、フィニッシュを回転オナホールにするか」
「でも、射精の瞬間がオナホで隠れて映せないのは勿体なくないかな。回転使いたいならちょっとチャレンジ企画も入れる? 開始から何分まで射精我慢できるか、とかの逆タイムアタック」
「それはブレイズの特典映像にしてもいいな。獅琉や潤歩なんかは喜んでやりたがりそうだ」
今井さんと二階堂さんが勝手に話を進めていく。聞くところによるとこの二人は昔から一緒に仕事をしているらしい。「現場監督」と「ディレクター」という呼び方はあるものの仕事内容は殆ど同じで、趣向も似ているらしく誰よりも息ぴったりなのだ。
「………」
「開脚椅子からの流れは決定だな。後は亜利馬がどの程度の力を発揮してくれるか」
書類の説明を読むと、その開脚椅子とやらは「人」みたいな形のソファで、座れば自然と脚が開いてしまうものらしい。膝の辺りをバンドで固定され、ずり落ちることはない。
「今回は相手役の一人に竜介を使うか。彼なら道具の扱いにも慣れてるし、亜利馬をリードできそうだ」
「……た、大雅に怒られる……」
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