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 結局俺の次の企画は「秘密~僕と恥ずかしいことシよ?(仮)」というタイトルからしてこっ恥ずかしいものになった。  会議室へ戻る廊下を山野さんと歩きながら、胸の裡にある不安を言葉にして訊いてみる。 「あの、さっき言ってた潮吹きとか放尿とかって、今後やる可能性あるんですか」 「やれるなら何でもやる。そんなに大したことじゃない」 「で、でもその……お、おしっことか、汚くないですか」 「出すだけなら大丈夫だろう。それに、飲む場合は――」 「のっ、飲む? 嘘ですよね、そんなの!」  衝撃的すぎて立ち止まってしまった俺を、山野さんが呆れたような顔で振り返った。 「その場合は、見てる側には分からないように代用品を使う。茶を薄めたものとかな。言っておくが、精液を含め排泄物を飲むようなことは絶対にさせない。全部代用品だ」 「そ、そうなんですか……」 「AVというだけで病気のリスクだ何だと言われるが、ある意味では一番安全なセックスをさせている。知識不足のカップルが興味本位で行なうセックスの方が、ずっと病気のリスクは高い。ここでは月に一度の性病検査もあるしな」  山野さんは眼鏡のブリッジを指で持ち上げ、少しだけ寂しそうな目をしていた。 「AVというだけで男も女も淫乱だと思われたり、白い目で見られることもある。どんな仕事をしていようと、本人の頑張りを馬鹿にしたり、笑う権利など誰にもないはずなのにな。俺はお前達を使って仕事をするが、その代わりに引退まで全力でお前達を守る。それが俺の義務だ」 「山野さん……」  冷静沈着な山野さんが意外にも熱く語るものだから、何だか俺も力をもらえたような気がして……胸が熱くなった。  恥ずかしいことをするけど、恥ずかしいことじゃない。それを見てくれる人、喜んでくれる人がいるなら、むしろ胸を張ってやるべきことなんだ。 「……まあ、放尿は俺にはまだちょっと心の準備が必要ですけど」 「ん?」  夕方からのインタビューはブレイズのリーダーである獅琉が殆ど喋ってくれて、ついでにデビューしたての新人として俺も幾つか喋ることとなった。予め内容をもらっているから言葉に詰まることはない。それでも大雅なんかは「……分かんない」とか言うことも多くてインタビュアーさんを少し困らせてしまった場面もあった。  今回はメーカーが独自で行なった身内のインタビューみたいなものだったけれど、今後は風俗雑誌やゲイ雑誌、更にはボーイズラブ雑誌などからも仕事がくる場合もあるらしい。緊張するけど楽しそうだ。仕事はセックスだけじゃない。 「竜介や他のモデルとの打ち合わせが終わったらすぐに撮影開始だ。亜利馬、それまで風邪だけはひくなよ」 「はいっ!」  最後に山野さんからそう言われて、俺は敬礼ポーズでそれに答えた。  外はすっかり暗くなっている。それでもだいぶ気温は温かくなってきて、そろそろ上着も必要なさそうだ。 「それじゃ、竜介んちに出発!」  竜介の八人乗りの車に乗り込み、夜の街を走る。たまに車で出勤しているという竜介が、今日も運よく車で来ていたのだ。助手席に座った大雅が「お腹すいた」と呟き、俺達は六本木へ向かう前に適当なマーケットで買い出しをすることにした。 「押してやるからカートに乗れ、亜利馬!」 「だ、駄目です潤歩さん! 迷惑行為です!」 「広い店だね。珍しいのもいっぱい売ってるし、今度俺も来ようっと」 「……竜介。これとこれも」 「いいけど、そんなに食い切れるのか? 腹壊しても知らんぞ」  五人であれこれ言いながらカートに食料品を積んで行く。  楽しかった。こんなの、地元にいたままじゃとても経験できなかった。気の置けない仲間達と、こんな時間に一緒に楽しめるなんて。しかもこの後はプールではしゃぐのだ。 「楽しそうだね、亜利馬」 「獅琉さんもね!」  午後八時。  竜介の家の裏庭にあるプールは想像していた長方形ではなく、扇形というのか――L字のカーブがもっと緩やかになった形をしていた。男五人が各々思い切りはしゃいでもぶつからないくらいには広く、夜空も見渡せる。プールサイドにはデッキチェアがあり、温かい円形のジャグジーもあり、やる気さえあればバーベキューもできるらしい。  家の中にはバーカウンターもあって、そのフロアから裏庭に出入りする仕様になっていた。ライトアップもされているし、まるでテレビで見たリゾートホテルのよう。元水泳部だという竜介が家を建てる時、「できたらプール付きで」と相談したらあれよあれよという間にこんなデザインになったそうだ。 「大雅、泳げるの?」 「……亜利馬よりは」 「へへ。俺、犬かきとカエル泳ぎしかできないんだ」 「ていうか、完璧この家で撮影できるよなぁ」  潤歩がバタ足で水飛沫を飛ばしながら言った。確かに竜介の家ならAVに限らず色んな撮影に使えそうだ。いいなぁ、と思う。毎日ここに通いたい。 「ピザ焼けたよ! ラザニアも作ったよ!」 「酒もあるぞ~」  獅琉と竜介がバーカウンターのガラス戸を開け、大きな皿や瓶の酒やグラスを手にプールサイドへ降りてきた。 「やった! 腹減った、飯! 飯! 飯!」 「……潤歩、水飛ぶから暴れないで」 「竜介さん、シロとクロは?」 「飯食って、毛布に包まって寝てたよ」 「猫は水嫌いだから、ここまで来ることはないですもんね」 「亜利馬はシロ達とじゃれたいんだろ。泊まってくなら、明日起きたときに可愛がってやってくれ」  ニッと笑って、俺は頭までプールに潜った。  ちなみに俺と大雅は水着代わりに、マーケットで買ったボクサーパンツを穿いている。水の中だと生地のまとわりつく感じがちょっと気になるけど、それも始めのうちだけだった。 「ああ、気持ちいい……」  潤歩はパンツでプールなんて御免だと言って、一人だけ竜介の水着を借りていた。プールの縁に寄りかかりグラスのシャンパンを飲みながら、満足げに夜空を仰いでいる。 「竜介はプール入らないの?」  獅琉が訊くと、竜介が頷いて笑った。 「俺はもてなす側。お前達が楽しんでくれればそれでいい」  その穏やかな笑顔、流石は兄貴って感じだ。横を見ると「寂しそうなツラすんなよ」と潤歩が大雅をからかい、顔面に水をかけられていた。 「獅琉も遠慮せず楽しんでくれ。料理ありがとうな」 「じゃあ、お言葉に甘えて!」  プールサイドで服を脱ぎ始めた獅琉に、何となく四人の視線が集まる。 「……ちょっ、ちょっと獅琉さん、パンツ!」 「おっ、潔いぞ獅琉。そこでストリップやれ!」  ブルーのライトに照らされた獅琉の体。筋肉の陰影が美しく、その微笑もいつもより妖しい。 「じゃーん!」  最後の一枚を脱ぎ捨て全裸になった獅琉が、「行くぞ!」と思い切りジャンプした。――水飛沫と歓声。ずぶ濡れで笑う獅琉と、俺達。 「亜利馬、デビューおめでとう!」 「んっ、ぐ……!」  獅琉に上半身を抱きしめられ、思い切りキスをされる。 「く、苦しっ……、てか、下、下っ、当たってます……!」  ――全てが、きらきらと輝いていた。

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