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亜利馬、己との戦い

 それから数日後の午前十一時。スタジオの第四撮影フロアで、俺のDVD第二弾の撮影が行なわれようとしていた。ここはセットが組まれたフロアではなく、何もない、背景が真っ黒の部屋だ。必要なものを持ち込んでそれっぽく作り込めるようにはなっているが、今回インヘルでセットとして持ち込んだものは「開脚椅子」と「マットレス」だけ。  次のDVDでは凌辱攻めがテーマになっているから、背景セットのこだわりよりも、こういう無機質な空間の方が良いらしい。今回ここで撮るのはプロローグ的なもので、竜介と絡むメインではない。  黒い壁、黒い床、天井。その中に真っ赤な開脚椅子だけがぽつんと置かれているのは、何だか不気味だった。今からとんでもないことが起きるぞ――そんな予感を感じさせた。 「亜利馬、シャワー浴びて来い」  山野さんに言われ、アシスタントさんが俺を同フロアの隅っこにあるシャワー室まで案内してくれた。良かった、シャワー室は黒くない。至って普通の、清潔感のあるものだ。  日焼けサロンなどにも使用されている簡易シャワー室。狭い空間で立ったまま体を洗い、顔を洗い、髪を洗う。出てからバスタオルを貰って体を拭くと、効き過ぎたフロアの空調に身震いしてしまった。撮影中は音の問題で空調を切るから、今のうちにフロア内を冷やしているのだ。 「亜利馬くん、どうぞ」 「ありがとうございます」  背中からガウンを着せてもらって、ふわふわの袖に頬ずりする。それからユージさんがドライヤーで髪を乾かしてくれて、ヘアアイロンと櫛を使いながら軽くセットしてくれた。 「ちょっと緊張してるねー、いつもお喋りなのに」  ユージさんに見抜かれ、俺は力無く笑う。 「手を縛られるのは前もありましたけど、足もってなると、やっぱ怖いですよ」 「でも、考えようによってはラクじゃない? 縛られてるなら動かなくていいんだもん。寝てるだけで相手が色々してくれる、って考えてさ。マグロとは言わないけど」 「鮪?」 「相手に委ねればいいってこと」  鏡越しに、ユージさんが俺に向かってウィンクする。爽やかお兄系のスタイリッシュハンサムウィンクだ。勇気づけられたというよりも、胸を撃ち抜かれた気分だった。 「頑張ってね」 「はいっ!」  ガウンの前を押さえながら山野さんの元へ戻ると、改めて段取りの説明をされた。 「今回はカメラ目線オッケーだ。顔面に寄られたらしっかりカメラを見て、視聴者に訴えるんだぞ」 「が、頑張ります」 「凌辱ではあるが、感じるところは素直に感じろ。声も我慢しなくていい」 「……はい!」  頷いて胸に手をあて、少しでも心音を落ち着かせようと呼吸を整える。 「よ、よろしくお願いします」 「よろしく!」「頑張ろうね」  その後は相手役をしてくれるモデルの三人と挨拶をして、一緒にスタートを待つことにした。今日も三対一だ。彼らはゴーグル無しのタチ役専門モデルで、見た目は今風のカッコいいお兄さん達だった。――それだけに、やっぱりちょっと緊張する。 「スタンバイお願いしまーす!」  その声を聞いて撮影フロアへ行き、俺と三人はそれぞれの準備を始めた。ガウンの下は黒い競泳パンツ一枚だ。肌に食い込むくらいピチピチで、まだ何もしていないのにアレの形がくっきり分かる。  開脚椅子の座り心地は良かった。背もたれの角度が丁度よくて、のんびり体を預けることができる。尻の部分は深く包み込むような造りだから体をよじっても落ちることはないし、太腿から膝の裏までを柔らかい素材が支えてくれて、拘束バンドで固定されても痛くない。 「両腕、お願いします」  頭の上で手首を束ねられ、そこも椅子に付いたバンドで固定される。これでもう逃げられないし、何の抵抗もできない状態だ。いま大怪獣が現れたら、真っ先に食われるのは俺だろうなと想像する。  三人のモデル達もガウンを脱いで、逞しい体をさらけ出していた。俺と同じような競泳パンツを穿いているが、そっちの方が何だかデザイン的にお洒落で羨ましかった。  最後にアイマスクで目隠しをされ、視界を奪われる。 「お願いしまーす」 「カメラ回りました!」  二階堂さんが「スタート」の声を発したのと同時に、ENGカメラが俺の顔をアップで映し出した。どこにカメラがあるか見えないけれど予め言われていた方向へ顔を向け、俺は唇を震わせる。 「……気持ちイイこと、して?」  俺の一言がプレイ開始の合図。モデル三人の手が俺の体を這い出したのと同時に、ゆっくりとカメラが引いて全体を映し始めた……はずだ。 「……ん」  早々に敏感な乳首を指先が掠めていって、俺は唇を噛んで顔を斜め下に向けた。 「綺麗な肌だね」 「……ん、う……」  今回は言葉による辱めもある。視覚を奪われている分、より他の感覚が冴えているからか、いきなり声を出されるだけで体がビクついた。 「ここが気持ちいい?」 「あっ、あ……」  左右の乳首がそれぞれ違う指で転がされる。上体を捩って逃れようとしたけれど、手足が固定されているから何の意味もない。くすぐったいような甘い刺激――乳首を弄られると、あっという間に腰が疼き始める。まるで、上半身と下半身が連動しているように。 「――ひっ、ゃ」  指で転がされていた乳首に次の瞬間、別の刺激が走った。ぬるぬるして、時折軽く引っ張られているこの感覚は……! 「……はぁ、……亜利馬くんの乳首、美味しい」 「こっちも。ピンピンに勃たせちゃって可愛いね」 「や、やだ……ぁ! す、吸わないで……」  台詞はほぼ台本通りだけど、演じる余裕なんてなかった。アイマスクで覆われた目に涙が滲む。 「あぁっ、ぁん……!」  余裕はないけど、見えないというだけで逆に声が大きくなった。大胆に体をくねらせて喘ぐ俺に、モデル達も本気で応えているのが分かる。より強く乳首を吸われ、舐られ、大きく開いた太腿にまで舌が這わされる。そのくすぐったさは確かに快感へと繋がっていた。 「どこが感じるのか言ってごらん」  右側から囁かれ、俺は訴えるような甘い声でそれに答えた。 「ん、く……乳首、……」 「違うだろ?」  左側から、ぞくぞくするような低い声が耳に注ぎ込まれる。 「ちゃんと言わないと」 「ひ、う……」  顔どころか耳まで真っ赤だ。俺は震える唇を舌で湿らせてから、音声にぎりぎり入るかどうかの声で言った。 「……おっぱい」  ふ、と耳元に笑い声が触れる。 「よく言えたね」 「……あっ、あぁ! やっ、……」  再び乳首を啄まれ、吸われ、舌で激しく愛撫される。ビリビリの電流が全身を這いずり、俺は喉を逸らせ椅子から背中を浮かせ、ねだるようにモデルの――男達の唇に胸を押し付けた。 「き、もち、いっ……もっとして、……もっと、おっぱい舐めて、欲し、っ……」  ご褒美の愛撫には大胆にエロい反応をすること。事前に言われていたものの、自分でも驚くようなことを言ってしまった。  そしてこのタイミングで、アイマスクが外される。 「あっ……」  久し振りに開けた視界にはカメラのレンズがあった。眩しさに目を細め、ガラスに映る自分の痴態に向けて訴える。 「気持ちいい、……激し、の……好き……」  こんな姿も多くの人に見られると思うと、何ともいえない高揚感に包まれた。もっと見て欲しい。触れて欲しい。顔も名前も知らないけど、これを見ている全ての人と絡み合って触れ合いたい――そんな、妙な気持ちになった。 「そろそろコッチも」  太腿を舐めたり頬ずりしていたモデルが、俺の競泳パンツのゴム部分に指を引っかけた。 「出しちゃおうね、亜利馬くん」 「や、……」  ゆっくり、わざと恥ずかしい時間を長びかせるように、数ミリずつパンツが引っ張られる。元々薄いアンダーヘアが露出すると、右の乳首を舐めていたモデルがそこに指を這わせて「可愛い」と囁いた。 「ん、……やっ……は、ぁ……」  息が上がる。心臓が高鳴る。時間をかけて徐々にパンツを下ろされるのは、ペニスの表面を何本もの指先が一斉になぞるような感覚に似ていた。 「もう全部出そうだよ、亜利馬くん」 「うぁ、あ……嫌だ、ぁっ――」  最後の引っかかりを突破したその瞬間は、思わず目をつぶってしまった。

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